2017.06.04 22:51|仕事
この前,私が担当している被告人から,緊急に面会したいという要請があったので,急いで被告人が勾留されている拘置所に面会へ行きました。

しかし,行ってみて被告人本人の話を聞いてみると,「○○(アイドルグループ)のCDの予約をしていて,今度そのCDが発売になるんだけど,発売日に買わないと初回特典がもらえなくなってしまう。すぐに家族に伝えて発売日に買うよう言って欲しい。」といった内容でした・・・。

最初,あまりに唐突な話で,「ん??」という感じで聞いていましたし,ふざけて言っているか,もしくは身柄拘束されている期間が長くなって精神的に不安定になったかなどと考えたりしました。

しかし,話に具体性や根拠もあったので,本気でCDの件を頼んでいて,そのためだけに面会の要望を出したということが分かりました。

これには,怒りを通り越して,何かもう唖然としました(~_~;)

急いで拘置所まで駆けつけた時間を返して欲しいというのはもちろんありますけど,それ以上に,突然逮捕された本人の今後の刑事処分とかについて,とても心配している家族に対して,そのCDの件を伝えることで,家族がどういう気持ちになるのかを何で考えられないのか,という思いの方が私のなかで大きかったです。

なので,「本気でそれを言っているんですか?それを聞かされた家族はどう感じると思います?」などと,若干責め立てるような話をしたら,本人は,「じゃあもういいよ!(怒)」とふてくされたような感じになったので,面会を終わりにしました。

これに限らず,罪を犯した人は,非常に自己中心的で,他人のことを考えない人がほとんどです。

他人のこと,被害者のことなど考えられないから犯罪を犯しているともいえるので,それは当然といえば当然なので,被告人が自己中心的だと嘆いてもしょうがないところですが・・・。

今回みたいなことがあると,「もう刑事事件はうんざり(~_~;)」「被告人とはもう関わりたくない・・・,もっと善良な市民のために仕事したい・・・」とか思ってしまいますが,犯罪者とかの霊的に未発達といえる人も含めて,色んな発達段階の人が混ざり合っている地上生活だからこそ,得られる体験があるということですかね。

「地上生活は霊界の生活とは違って両極性(相対性)から成っていることです。霊界では同じ発達段階の者が同じ界層で生活しておりますが,地上ではさまざまな発達段階の者が混ざり合って生活しております。ということは,対照的なものを見たり体験したりする機会が得られるということです。」(『シルバー・バーチの霊訓(十)』(潮文社)187頁)



そして,自己中心的な被告人に対しても,寛大であれということでしょうか。

「霊性が開発され進歩するにつれて,自動的に他人へ対して寛大になり憐れみを覚えるようになります。これは,悪や残忍さや不正に対して寛大であれという意味ではありません。相手は自分より知らないのだという認識から生まれる一種の我慢です。」(『シルバー・バーチの霊訓(八)』(潮文社)125頁)



被告人から自己中心的な要望があっても,そこは我慢をして,寛容の心をもって接しつつ,それを黙認するだけではなくて,被告人を少しでも更生へと導いていく,ということは非常に困難な仕事ですが,困難だからこそ価値ある仕事だと思って,頑張りたいところです(^ ^)

2017.05.21 23:46|日常

「真理を知った者の勇気ある生き方を示すのです。かりそめにも“ごらんなさい。霊的真理を吹聴していた人間がこのざまですよ。”などと言われるようなことのないように心掛けてください。」(『シルバー・バーチの霊訓(七)』(潮文社)107頁)


シルバーバーチの霊訓の7巻を読んでいて,この部分で考えさせられたというか,自分は「真理を知った者の勇気ある生き方を示す」ような段階には,まだまだ達していないなあと思いました(~_~;)

まさに,「霊的真理を吹聴していた人間がこのざまですよ」と言われかねないような日常生活だったりします(>_<)

私は,匿名でこのブログをやっているだけで,リアルの世界でスピリチュアリズムを普及する活動などは今のところしていませんが,普及活動をするなら,他人に対して模範的な生き方を示せるようでないとダメなのかなと思います。

シルバーバーチの霊訓の素晴らしさを吹聴している人,その人自身の普段の振る舞いが自己中心的であったり,他人に対して慈悲,親切,優しさなどがなかったりする場合,他の人からすると,「シルバーバーチの霊訓を信じている人があんな感じだったら,シルバーバーチの霊訓自体どうなの?」みたいに,シルバーバーチそれ自体について懐疑的になってしまうんじゃないかと思います。

そうなると,普及するどころか,スピリチュアリズムに関して,むしろマイナスのイメージを植え付けるようなものではないかと思えてきます。

ただ,シルバーバーチも言っているみたいに,地上生活で一切間違いを犯さないような理想的で完璧な生活を送ることは無理だと思いますし,そもそも不完全だからこそ地上に生まれてきているということだと思いますので,完璧な生き方を示す段階まで行かないと普及活動する資格もないとか考えていると,永遠に普及活動はできないということになってしまいます(これは極論ですが)。

まあ,いずれにしても,シルバーバーチの霊訓を普及するなら,我が身を持ってまず実践しないといけないということですかね(^ ^)

2017.05.07 17:55|日常
GWも今日で終わりですね(>_<)

私は、書類作成の仕事がかなり溜まっていたので、事務所に出てひたすら書類作っていました(~_~;)

それでもなかなか終わらず、「効率が悪いのか・・・」「説得的な文書が書けない・・・」「そもそも文書力ない・・・」とネガティブな感じになっていました(T_T)

そんななか、気晴らしに弟夫婦の家に行って猫と遊んできました(^ ^)

neko1
☆カメラ目線でお目目ぱっちり

neko2
☆遠い将来を見据える

何回か以前にも会っていたせいか、私に対する警戒心もなく、リラックスした感じで、お腹出して仰向けになってドデンと寝たりしていて、可愛過ぎでした(>_<)

自然とニヤけちゃいますね(^ ^)

触りすぎて猫のストレスになってしまったかもしれないです(~_~;)

猫と人の関係って、人と関わることで猫も霊性が向上して、人にとっても猫に優しさを持って接することで、霊的に成長できて、しかも癒しの存在にもなりますね。

そう考えると、猫を飼うってお互いにとっていいことですね(^ ^)

私は今の仕事の忙しさからしたら、責任を持って飼えないなあと思って今は飼えていないので、撮った写真でも見て癒されます(^ ^)

poundcake

2017.04.22 23:20|仕事

「人が来るのを待っているようではいけません。あなたの方から足を運ばなければならないのです。」(『シルバー・バーチの霊訓(五)』(潮文社)210頁)


先週,ある障がいをお持ちの方で,どうしても事務所まで行くのは難しいという事情があったので,その方の自宅まで私が出張して法律相談を行うということをしました。

こういう出張法律相談は,移動時間が当然かかってしまうので,そう頻繁にはなかなか出来ないのですが,こちらから出向いていくと,今回もそうでしたが,「わざわざ来て頂いてありがとうございます」とすごく感謝してもらえることが多いので,やりがいがあるなあと思っています(^ ^)

ベテランの弁護士は,出張法律相談とかほとんどやっていない感じなので,フットワークが軽い若手が中心になってやっていく分野かなと思います。

自宅に限らず,病院,介護施設とかに入院・入所している方々のなかで,法律事務所まで行くのはハードルが高いけど,法律相談はしたいという潜在的ニーズは,結構あるはずですよね。

援助が必要な人に,積極的に働きかけて支援していくというのは,福祉の分野とかでは,「アウトリーチ」と言うらしいです。

弁護士も事務所でドンと構えているのではなく,援助が必要な人のところに手を差し伸ばしていく,アウトリーチしていく,というのが必要だなあと思います。

弁護士は,いまだに敷居が高いとか思われたり,さらに,「態度でかい,上から目線,理屈っぽい,高額な費用とる」などのイメージがあるといわれたりもします(まあ当たっている部分もあると思いますが)。

なので,その意味では弁護士っぽくない,常に低姿勢で笑顔を絶やさない,しかもフットワークが軽い営業マンのごとく,動き回って靴底を減らすような,そういう弁護士でありたいですね(^ ^)

2017.04.07 02:29|仕事
先日,私が依頼を受けていた交渉案件で,依頼者から「弁護士を変えたい。」と宣告され,結局,私は解任となりました。。。

突然の解任ではなく,依頼者と方針に関して結構揉めていて,あまり具体的な話は書けないですが,依頼者は強硬手段でいくことを望んでいたところで,私が穏便な方針を示していたので,それが不満というのが大まかなところです。

実際,解任されてみて,「これでよかったのかなあ・・・」とあれこれ考え,自分でも反省するところは色々とあります(~_~;)

以前にボス弁護士から,「もっと闘え!」と怒られたことがありましたが,今回の依頼者も,相手方の話に耳など傾けず,もっと闘ってくれる弁護士を求めていたんだろうなと思います。

弁護士に依頼がくるケースは,双方当事者の話し合いがこじれて,鋭く対立している場合がほとんどなので,攻撃的にどんどん相手を追及していく姿勢を見せる弁護士のほうが,まあ頼もしく見えますよね。

もともと私自身,争いごとが好きではないので(その意味で弁護士に向いていないのかもしれないですが。。),なんか裁判とかで争っていると,「このあたりでもう和解するのはどうでしょう?」と円満解決に向かわせようとする傾向があることは,自分でも自覚しています(>_<)

しかし,和解なんて求めていない,徹底的に争いたい依頼者からしたら,「やる気ないの?」「そんなの納得できない!」という気持ちになるだろうなあと思います。

依頼者の意向に沿って,徹底的に争うことが,その人の役に立つことだと割り切るべきなのか,争いを辞めてもらって話し合いで和解することがその人の役に立つことなのか,考えているとなかなか難しいところですね。

「人の役に立つ」とは言っても,実際に依頼者を目の前にして,何がその依頼者にとってベストなことなのか判断するのは難しくて,そもそもどういう解決がいいのかは依頼者自身が決めるべきともいえるので,弁護士は依頼者の意向にすべて沿った形で進めていくべきで,それが「人の役に立つ」ことだと言われても,それが間違いともいえないなと思います。

今回解任されて,あらためて依頼者への対応の難しさを実感したところです。

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spilaw

Author:spilaw
性別:男性
年齢:30代
職業:弁護士
座右の書:『シルバー・バーチの霊訓』

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