浅野和三郎『心霊学より日本神道を観る』

2016.05.08 00:33|書籍紹介
以前に,このブログでもご紹介した近藤千雄先生の『日本人の心のふるさと≪かんながら≫と近代の霊魂学≪スピリチュアリズム≫』を読んだのがきっかけで,浅野和三郎先生は,スピリチュアリズムと神道の関係をどのように論じていたか興味が湧いてきました(^ ^)

色々探していたら,既に絶版になっている浅野先生の『心霊学より日本神道を観る』が,ネットで公開されているのを発見しました。

読んでみたざっくりとした感想としては,なるほどと思うところがある反面,「う~んさすがにそれは違うのでは・・・。」という部分も結構あって,これをそのまま受け入れることはできないなあという感じでした。

私が特に疑問に感じたのは,以下のような点です。

まず,浅野先生は,この本のなかで,古事記とか日本書紀などの日本古典をスピリチュアリズムと同等のように扱って,「日本古典万歳!」みたいな記述が多かったのは,正直驚きましたし,理解できないところでした。

一例を挙げると,浅野先生は,本書で以下のように述べています。

「何のことはない,今日の心霊科学は,後からあえぎあえぎ日本古伝の諸説を追いかけているような按配です。」(本書5章「国家の守護神」)

「一見おとぎ話のような日本の古典には,よし宇宙の全てをことごとく網羅しているとは言われぬかも知れませんが,少なくともその中に,誤謬とドグマだけは,今までのところただの一つも発見されないのです。」(同章)

「日本の古典の内容が,実は途方もなく正確,かつ豊富なものであることでした。・・・スピリチュアリズムなるものは,煎じ詰めれば,つまり,日本古典の中に,ぎっしりと充填されている日本精神‐唯神の道以外の何物でもないのです。一方は科学的事実から導き出された学術的結論,他方は天から下された純主観的な啓示の記録。手法としては,全然天と地の違いがありながら,それがぴったりと結果において合致するということは,ほんとうに不思議なくらいで,その点日本の古典は,掛け値なしに天下一品の国宝的存在です。」(本書7章「天孫降臨の神勅」)

「日本古典が世界中で,たった一つしかない,大天啓的文章であることが判明したのです。これは要するに,20世紀のスピリチュアリズムと,祖先伝来の日本精神とは,その表現形式こそ違え,その内容はピタリと一致しているのですから,実に驚いた話で,その点われわれ日本国民は,世界中で一ばん天恵に浴しているわけです。」(本書8章「信仰の対象」)



日本古典も霊界からの影響を一部受けているということは否定しませんが,スピリチュアリズムは,地球を霊的に浄化するために,イエスの総指揮のもとに霊界側から計画的にもたらされたもので,霊界挙げての一大プロジェクトという位置付けだったはずで,日本古典とは明らかに性質を異にするんじゃないかなあと思います。

その意味で,日本古典に書かれている日本精神とスピリチュアリズムとを同列に扱うような浅野先生の考えには共感できませんでした。

次に,記紀などに出てくる天照大神の孫にあたるとされる邇々藝命(ににぎのみこと)を信仰の対象とせよなどと熱っぽく語ったりしているところがありますが,正直,これも理解できませんでした。

たとえば,以下のような記述です。

「地球主宰の大神霊‐日本古典の皇孫邇々藝命を,信仰の対象と仰がねばならぬ事です。」(本書8章「信仰の対象」)

「邇々藝命こそは,実に地球神霊界に君臨したまう,永遠の主催者であらせられるのです。・・・(省略)・・・。要するにこの地上の日本国は,邇々藝命によって組織づけられ,邇々藝命によって永遠の発達を遂げるのです。」(本書6章「日本民族の使命と信仰」)

「実際問題とすれば,邇々藝命が我らの内にあり,また我らは邇々藝命とともにある,のです。要するに我らは,邇々藝命の御心をもって心とし,邇々藝命の御働きをもって働きとするところまで浄化し切り,また同化し切ることを,人生の第一義とせねばならないのです。」(本書7章「天孫降臨の神勅」)



しかし,シルバーバーチの霊訓からすれば,信仰・祈りの対象とすべき神とは大霊であり,大霊とは宇宙の自然法則だったと思います。

浅野先生によると,邇々藝命は,スピリチュアリズムでいう自然霊とのことですが,自然霊を信仰の対象とすべき理由がよく分かりませんでした。

話は変わりますが,満州事変を正当化するような以下の記述にも驚かされました。

「メースン氏は満州における日本活動は,必ずしも軍国的,または国家的表現ではなく,むしろ神道精神の発露である。と喝破していますが,これはまさに至言と言ってよいと思います。」(本書9章「メースン氏の神道観」)

「新時代の日本国民は,率先して満州の新天地に移住進出し,子々孫々にわたって,忠義に厚く善良な満州人として,第二の神道的国家を建設する覚悟で進むのでなければ,到底ダメだと痛感します。そうなれば,ここにアジア大陸の一角に,初めて真正の意味の日本の姉妹国が生まれます。傭兵のような了見で,真の新満州国の基礎が築けたら,それこそ奇跡です。」(同章)



まだまだ浅野先生の著作や思想を総合的に評価できるほど勉強しておらず,しかも浅野先生が絶賛する日本古典の内容もほとんど知らないので,何とも言えませんが,少なくとも,浅野先生の上記のような考えには共感できないですし,スピリチュアリズムと相反するものなんじゃないかなあと思いました。

なぜ浅野先生がこのような考えに至ったのかは,当時の時代背景なども含めてもっと勉強してみたいと思ったところです(^ ^)


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