理想と現実

2015.04.19 01:15|思索

(「地上の人間にとって完璧な生活を送ることは可能でしょうか」との質問に対して)「それは不可能なことです。が,そう努力することはできます。努力することそのことが性格の形成に役立つのです。」(『シルバーバーチの霊訓(5)』(潮文社)191頁)。
「完全であるように努力しなさいと言っているのです。それが地上生活で目指すべき最高の理想なのです。」(同頁)
「私たちも,どうせ今すぐには実現できないと知りつつ,理想を説いております。もしも私たちが努力目標としての理想を説かずにいたら,与えられた使命を全うしていないことになります。目標の水準は高めないといけません。低くしてはいけないのです。」(『シルバーバーチの霊訓 スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)132頁)



このように,シルバーバーチの霊訓には,「努力目標としての理想」を説くという性格があるため,シルバーバーチが言っていることは非現実的,きれいごとを並べているにすぎない,というように思われる方もいらっしゃると思います。

それは,上記のとおり,シルバーバーチが,「今すぐには実現できないと知りつつ,理想を説いております。」と述べているとおり,シルバーバーチ自身,非現実的であることを認めていることからしても,そのように思われるのは当然だと思います。

しかし,シルバーバーチは,霊訓の内容を完璧に実践しなさいと言っているわけではなく,完全に向けて努力しなさいと言っているだけですから,霊訓の内容が非現実的,実現不可能だからといって,信憑性がないと言い切ることはできないんじゃないかなと思っています。

私も結構そうなのですが,シルバーバーチの霊訓を読んでいると,霊訓の内容が全然実践できていないことに気づき,「自分はスピリチュアリストと自覚しているのに,シルバーバーチが言っていることを全然実践できていなくて,ダメダメだ・・・」と自己否定をしがちだと思います。

特に完璧主義な場合,シルバーバーチの霊訓の内容を直ちに完全に実践しないといけないという強迫観念にかられてしまい,そうなると精神的に追い詰められそうです。

ですので,シルバーバーチの言っていることは,「努力目標としての理想」であるということをきちんと理解する必要があるのではないかなと思います。

つまり,シルバーバーチの霊訓で言われている内容を完全に実践できなかったとしても,それほど気にする必要はないと思います。

ただ,難しいのは,「理想を言っているだけなら,別に実践できてなくてもしょうがないじゃん。」ということで,努力を怠ってしまいがちになるということです。

そのため,理想だと分かりつつ,理想に一歩でも近づく最大限の努力をしないといけないということだと思います。

たとえば,シルバーバーチは,「地上生活に何一つ恐いものはありません。」と述べています(『シルバー・バーチの霊訓(一)』(潮文社)73頁)。

しかし,何一つ恐いものはないという心境に立ち至るのは,人間である以上,不可能であって,これも理想にすぎないと思います。

地上生活で何も恐怖心を抱かないほど霊的に成長しているなら,そもそも地球で魂の向上を図る段階を超えていて,わざわざ地球に来る必要はないといえそうです。

したがって,人間である以上は,恐怖心は絶対にあると思います。

それを理解したうえで,奮闘努力によって,少しでも減らしていき,何一つ恐いものはないという境地に一歩でも近づくことが,人間に求められていることじゃないかなと思います。

たとえば,死への恐怖についても,完全にぬぐい去ることはできません。

しかし,霊的知識を身につけ,理解を深めていくことによって,死への恐怖心を少なくしていくことは可能だと思います。

同じく,日常生活,仕事などにおける恐怖心,不安についても,自分の最大限の努力によって,少なくしていくことは可能だと思います。

現世では実現不可能な理想と分かりつつも,それを目指して最大限の努力をするというのは,なかなか困難ですが,それが霊性進化の道なのではないかなと思っています。


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コメント

No title

>完全に向けて努力しなさいと言っているだけ

いいですね~。
一昨年くらいまでの私もその逃げ道を使ったと思いますね。そして、多くのスピリチュアリストはそこまでの理解がありません。その点、先生はさすがによく読み込まれて、理解されていると思います。六法全書以外にそんな余裕があるなんてすごいですよね。

しかし、よく考えて下さい。
私の言っているのは「不可能だ」ということです。「理想」ですら無いのです。肉体をまとっている限り高級霊でも不可能なのです。高級霊に苦しみ(恐怖の元)が無いのは肉体をまとっていないからです。イエスは確かに精神的に「裁判に負ける恐怖」は克服出来ていたかも知れません。しかし、包丁で刺される恐怖までは克服出来ては居なかった、と私は考えています。それはイエスがあくまでも「人間だから」です。何の恐怖もないなら、それはもう人間ではないことになるのではないかと思います。はりつけに遭った時、「完全に恐怖が無かった」かどうかは、怪しいと思いますね。シルバーバーチではイエスは「三位一体」ではなく、「人間」になっている筈です。あくまでも「すごい霊能者」だった筈です。まぁ、イエスならはりつけの恐怖も無かった可能性もありますけどね。

ましてや、「普通の人間」など、「裁判に負ける恐怖」ですら克服し難いのです。地上の人間にいきなり「イエスを目指せ」は「ハードスケジュール」過ぎるのではないでしょうか。

「努力しなさい」は無理を言っていることになります。無理の犠牲者は必ず出てくる訳です。それが「焦りの信者」を作るのだと思う訳です。

それならば、「恐怖など何一つありません」「恐怖を無くすように努力しなさい」ではなく、「恐怖を利用して霊性進化しなさい」と言うのが適切なのではないでしょうか。

「焦りの信者」を作るシルバーバーチが、不完全な人間の作為でなくて何でしょうか。「高級霊」では無いような気がしてきます。

>信憑性がないと言い切ることはできないんじゃないかなと

いや、言っていませんよ。「疑わしくなってきましたね」と言っているのです。

しかし、シルバーバーチには決定的矛盾点があるのです。私の立場の源泉はそこにあります。『逆転裁判』に従えば、これで決着です。しかし、現実はそうではないでしょう。ですが極めて怪しいことにはなるような矛盾です。

前にも申し上げましたが、潮文社4巻64ページをご覧ください。これがシルバーバーチが他の霊について言及した、ただ一つの確かなものです(12巻では)。

交霊会列席者「それはマイヤースの言う類魂とおなじものですか?」
シルバーバーチ「全く同じものです。ただし…」
この後の「ただし」は、フレデリック・マイヤーズの霊界通信の要約でしか無く、「ただし」でも何でもないのです。シルバーバーチは、「自分の意見っぽく装飾しているだけ」ということになるのです。列席者の指摘するマイヤーズには2つの可能性があります。一つは、生前の遺稿『人間個性と死後存続』もう一つは『不滅への道、人間個性を超えて』。そのうち、前者は「複数潜在意識説」であり、「類魂説」ではない。だからここで出てくるのは霊界通信の方であり、生前の遺稿ではない可能性が高い。また、統計学的にも恐らくそうであろうと推測できます。何故ならマイヤーズ通信が1932年出版で、シルバーバーチの霊言が1920年から1981年だと仮定すると、12:49(期間を分けただけ)で霊界通信の方が可能性が高いことになります。

シルバーバーチはしきりにこうまくしたてます。
「動物実験はしてはいけません」
これはページを限定するまでもなく様々なところに書いてあると思います。
フレデリック・マイヤーズは『人間個性を超えて』13ページ6行目でこう述べるのです。
「動物実験をするとよい。」

つまり、「全く同じ」と述べたシルバーバーチは少なくとも「軽率だった」ことになるのです。

霊界の下級界を俯瞰している筈の「シルバーバーチ」が、はたして下層階のマイヤーズの意識に触れて「全く同じ」なんて言うのでしょうか?
これは「高級霊」として極めて怪しい。

確かに、「全く」の範囲が曖昧である、と反駁できなくはない。しかし、下層階を見渡したシルバーバーチが、まずまずの界に居る筈のマイヤーズに触れて「全く」とは軽率だった。少なくともそうなる筈です。

少なくとも、編者の誰かが述べていた、「素晴らしい整然とした英語」でも何でもなく、穴があったことになると思います。

これが、私がシルバーバーチは、高級霊言の信憑性が怪しいと述べている理由です。

>それを理解したうえで,奮闘努力によって,少しでも減らしていき,何一つ恐いものはないという境地に一歩でも近づくことが,人間に求められていることじゃないかなと思います。

繰り返しますが、「恐怖を霊性進化に利用しなさい」であり、「恐怖を無くすように努力しなさい」では無いと思います。

>死への恐怖

それは全ての霊界通信の立場であり、信憑性の怪しいシルバーバーチを取り上げて、「特にシルバーバーチが言っているから」と言う必要は無いと思います。というより、それが一連の近代スピリチュアリズムの大目標の一つだと思います。

そして、これは私の述べている「知識による回避目標」であり、「死そのものの克服」ではありません。何故なら、死は「新たなる誕生」であり、「魂の死ではない」ことになっているからです。これは「回避目標」であり「死(消滅)の恐怖そのものの克服」ではありません。

恐怖とは、克服するものではなく利用することによって回避するものだと思います。

粗を探せば、「高級霊言シルバーバーチ」には他にも矛盾点はあります。例えば、交霊会とは参加者に邪の者が居ないことが条件だった筈ですが、主催者ハンネン・スワッハーは12巻6ページでモーリス・バーバネルの手にピンを刺して、血をだらだら流していますね。これは「動物実験」の類いではないのですか?
そのような「蛮行」をする「波長」の交霊会に「高級霊シルバーバーチ」が降臨出来るのですか。

これが、私の最前線の見解です。これをも反駁し、納得させる論理が存在するのならば、私はシルバーバーチへの信用を回復させましょう。「裁判に負ける恐怖」を克服して屈服しましょう。

Re

香月様

細部まで非常によく考えられていて,ここまで色々と考えている方は,本当に少ないんじゃないかと思いました。

香月様の見解に,逐一反論するだけの能力も知識も私にはないですし,こういうことを議論する実益はあまりないんじゃないかと思いました。

そのため色々と書いて頂いて恐縮ですが,これにてコメ返とさせて頂きますm(_ _)m

No title

修行のステージは人それぞれなので、深追いはしません。シルバーバーチの認識で修業したいのであれば、それでもいいですし、私のように真実だけを追求したい人も居るでしょう。

真実だけを追求することの実益は、霊性進化の効率にあると思います。正しい認識を追い求め、それが本当に真実なのであれば、最も適切な修行ステージを選択出来ると。

ですが、全ての営みは良くなるようにしか出来ていないのだと思います。だから人それぞれ、常に自信を持って生活すればいいのだと思います。

先生は社会で大活躍されている立場の人です。その意味では私など足元にも及ばないでしょう。その調子で前向きに頑張って下さい。影ながら応援しています。
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職業:弁護士
座右の書:『シルバー・バーチの霊訓』

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