動機の重要性と結果について

2015.03.07 00:44|思索
シルバーバーチは,動機の重要性を繰り返し述べています。

「求めるものが正しいか間違っているかは,単なる人間的用語の問題にすぎません。私たちからみて大切なのは“動機”です。いかなる要求をするにせよ,いかなる祈りをするにせよ,私たちが第一に考慮するのはその動機なのです。動機さえ真摯であれば,つまりその要求が人のために役立つことであり,理想に燃え,自分への利益を忘れた無視の行為であれば,けっして無視されることはありません。」(『シルバー・バーチの霊訓(六)』P55(潮文社))



人の役に立ちたいという真摯な動機のもと,自分なりの努力をしていれば,仮にそれがよい結果に終わらなかったとしても,その行為は評価されると思います。

ただ,動機さえ正しければ,結果がどうなってもいい,ということでもないと思います。

それは,結果に無関心であれば,その動機自体が真摯なものかどうか,疑わしくなる気がするからです。

たとえば,極端な例ですが,自分は人の役に立ちたいとは思ってるけれど,結果がどうなっても関係ない,つまり,実際にその人の役に立てたかとか,その人を救えたかとかはどうでもいい,と考えていたら,それは真摯な動機とはいえないと思うのです。

人の役に立ちたいという動機の中には,結果としてその人を助けたい,救いたいという気持ちがあるはずで,そういう結果を求める部分がなければ,人の役に立ちたいという熱意や情熱があるのか疑わしくなる気がします。

なので,結果を求めることは,動機の一部を形成しているというか,結果を求めることと動機とは不可分の関係にあると思います。

シルバーバーチが言っているのも,結果を求めた末に,結果が出なかった場合,たとえば,その人が抱えている困難や苦難を実際解決することが出来なかったとしても,そこを思い悩む必要はないという趣旨だと思います。

ただ,そう考えると,結果を求める過程で,「結果が出なくても,まあ仕方ない。」という気持ちが出てしまう気がします。

結果が出ても出なくても,結局,動機さえ真摯なものであれば,評価としては変わらないということであれば,結果へのこだわりは薄れると思うのです。

結果へのこだわりが薄れれば,結果を求める情熱や理想もしぼんでいく気がします。

自分は人の役に立ちたいと思って,頑張ってるんだから,結果がでなくても,つまり,実際上その人が救われなくても,まあしょうがないよね,と考えてしまうと,人の役に立つためにベストを尽くせなくなってしまうと思います。

シルバーバーチがいうように,大切なのは動機だと思いますし,霊界における評価も動機に尽きると思いますが,それはあくまで事後的に評価する観点から見たものだと思います。

現世を生きていくうえでの心構えとしては,結果を求める情熱や理想,結果へのこだわりがあっていい気がします。

というか,もしかしたら,シルバーバーチが言っている「真摯な動機」には,そういった結果を求める情熱も含まれているということですかね。

だとすると,結果を求める情熱や理想をどれだけ持っているかというのも,「真摯な動機」といえるかどうかの判断要素になっているんですかね。

何かよく分からなくなってきましたが,結果を追い求める強い意欲,モチベーションは重要な気がします。

ただ,結果を追い求めすぎると,結果が出なかったとき,つまり,目の前の人を救えなかったというとき,ショックを受けるというか,取り越し苦労をしてしまうと思います。

そこで切り替えが出来ればいいですが,なかなか出来ないですね(>_<)

最後にまとめると,「真摯な動機を持つ」⇒「結果を求めて最大限の努力をする」⇒「結果に一喜一憂しない」というのがいい気がします(^ ^)



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コメント

No title

こんばんわ。

>何かよく分からなくなってきましたが

とんでもない。素晴らしい理解力だと感心します。やはり先生というだけのことはあると感服します。

死後の世界には結果は持って行けませんが、現世に生を受けるのは結果を目指して課題を乗り越えるためだと思います。だから結果を意識することもまた非常に重要だと思います。

ただ結果だけを見る人は、障害者とか、社会的弱者に対して冷酷な人ではないかと思います。

そして、なにより重要なのは、人間に他者の動機を読む力は無いということです。人間に読心術が無い限り、他者の動機は分からないということです。これは、「人間を人間が裁く資格は無い」ということだと思います。人は死後(霊界への誕生)の世界で、高級霊界のエネルギーに養われながら、自分自身を裁くのみなのです。

この辺も基本通念でしょうね。

このことは、現世の裁判制度にケチをつけている訳ではなく、ある程度の自治的試行錯誤も、現世の人間にとっての課題なのであろうと、私は思っているのであしからず。

私は今、自分の記事にあまりにもネガティブなものが増えてしまったため、ポジティブ要素の記事だけを残して刷新しようとしています。それで今工事中で閉鎖しています。

私の訪問者で、明らかに私を攻撃していると思われる記事を、上手いこと私への特定を避けながら書いている輩が居て、とても悔しいです。自分に法律知識があったら、何か文句をつけられるのかと思ってしまいます。

勉強しなきゃ…

今の私はただただそれだけです。英語も社会も中途半端、たぶん現世の知識ではアイツにも勝てません。つくづく自分の無力さを痛感します。

でも叩かれることってスピリチュアリストの宿命なんでしょうね…

先人たちはもっと過酷なバッシングに遭って来たんでしょうね…

私のブログはいつか復活します。必ず。

それでは、お仕事がんばって下さい。失礼します。

Re:No title

香月様

またまたコメントありがとうございますm(_ _)m

そして,お褒めの言葉も,ありがとうございます。

人間に他者の動機を読む力は無いし,そうであれば他人を裁くこともできないということは,私も考えていたところでしたし,ご指摘された点はすごく共感します(^ ^)

香月様のコメントのなかで,現世の裁判制度について触れられていたのをヒントに,現世の刑事裁判制度における動機の取り扱いについて記事にしてみました。

前回もそうでしたが,考えるきっかけを与えて下さり,感謝致しますm(_ _)m

香月様のブログは,以前に訪問させて頂きましたが,私なんかより,断然緻密な考察をされていて,スピリチュアリズムに対する深い理解が窺われる内容だと思っておりました。

ブログ復活されたら,また訪問させて頂きますね(^ ^)


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職業:弁護士
座右の書:『シルバー・バーチの霊訓』

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