ある交通事故死亡事件

2015.02.11 23:50|仕事
先日,私が担当している過失運転致死事件の刑事裁判がありました。

事案は,被告人が,乗っていた自動車で幼い子どもをひいてしまい,その子どもは即死してしまったというものです。

被害者が亡くなってしまったうえ,将来ある幼い子どもだったということもあり,被害者遺族の怒り,悲しみは物凄いものがありました。

裁判当日も,遺族の方々が,傍聴席に遺影を持ちながらズラリと並んでいました。

こういう完全アウェイの状況で被告人の弁護をしないといけないので,弁護人としてはかなりやりずらいですし,正直,気が重かったです(~_~;)

弁護人として,「被告人には有利な情状が多々あるので,執行猶予判決(刑務所に入れない)にすべきである」などと述べたときの,私をにらみ付けるような遺族の方々の眼差しが印象に残っています。

最近は,犯罪被害者側に弁護士がついて,刑事裁判のときも,その弁護士が証人尋問したり,被告人に質問したり,意見陳述をしたりして,被害者もしくは遺族の意見を代弁するという場合もあって,そういう形で被害者に寄り添う弁護士というのも,徐々にですが,増えてきている気がします。

けど,私は,被害者遺族の反感を買うことを承知でいうと,何か被害者側に寄り添うことに抵抗があるというか,被害者側に感情移入できないんですよね。

特に,被害者が亡くなった事件の場合,遺族の被害感情は強く,「被告人を死刑にしてもらいたい!」とか,「被告人を苦しめたい!」など,報復的な感情に支配されているケースが多く,そういう遺族の方々のために頑張りたい,という気持ちがどうも湧いてこないのです。

遺族に寄り添う弁護士ということになれば,遺族の感情を理解してあげて,被告人を死刑にするため,もしくは重罰を科すために,ともに闘いましょう,という意気込みで,遺族の代弁者となるのが,遺族にとって,いい弁護士といえるのかもしれません。

しかし,そういう遺族の代弁者になりたいという気持ちに,あまりなれないです。

「お子さんは肉体的には死亡されましたが,魂は死後にも存続していて・・・」などと,遺族の方々に説明したりしたら,即刻,解任されるでしょう(>_<)

こういう根本的な部分での考えの違いがあることから,仮に,私が遺族側についたとしても,私の言った言葉が遺族にとっては,不謹慎とみえたり,遺族の感情をないがしろにしていると思われたりして,遺族の反感を買う可能性は高いと思います。

そういう観点からも,被害者もしくは遺族側の弁護士にはなりづらいですね。

むしろ,私は,被害者側に立つよりも,被告人側に立って,被告人の更生に尽力したいという気持ちの方が断然強いです。

「何で悪い人の弁護をするの?」といった質問は,弁護士をしていれば,一度は質問されますし,被害者を正義,被告人を悪として,被害者側についた方が正義の味方みたいに感じるかもしれません。

けど,私としては,被告人がなぜ犯罪を犯すに至ったのかという,犯罪の動機,原因を探り,ではこれから被告人が更生するためにはどうしていくべきかを,被告人及び被告人の親族とともに考え,被告人の今後の更生,社会復帰を可能にしていくという弁護活動には,すごいやりがいを感じています。

被告人の今後の人生を良い方向に導けるような仕事ができれば,人のお役に立てたなあと実感できて,うれしいですね(^ ^)

出所して社会復帰した後にも,感謝の手紙をくれたりする被告人もいて,そういう経験をすると,やっぱり弁護人として被告人側に寄り添っていたいなという思いが強くなります(^ ^)



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