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リチャード・ドーキンス『神は妄想である‐宗教との決別』

2018.01.02 20:18|書籍紹介
神は妄想である―宗教との決別
リチャード・ドーキンス
早川書房
売り上げランキング: 42,943

『神は妄想である』とは,なかなかセンセーショナルなタイトルですね(^ ^)

著者のリチャード・ドーキンスは,欧米で最も人気の高い生物学者で,1976年に出された『利己的な遺伝子』は世界中でベストセラーになり,本書も発売されるや全米でベストセラーになった超話題作とのことです。

本書は,「はじめに」で書かれているとおり,「この本は,読者の意識を高めること,すなわち無神論者になりたいというのが現実的な願いであり,勇敢ですばらしい願いでもあるという事実を,読者に気づかせることを意図したものである」(本書9頁)ということらしいです。

そして,「今日のアメリカにおける無神論者の社会的地位は,50年前の同性愛者の立場とほとんど同じ」(本書14頁)で,それは無神論者の多くがカミングアウトをためらっているからであって,「私の夢は,そういう人々がカミングアウトする後押しを本書がしてくれることだ」(本書15頁)と熱っぽく語っています。

スピリチュアリズムを普及するにあたっても,無神論者はどういう考えをしているのかというのは理解しておいた方がいいかなと思い,読んでみました(^ ^)

まず,本書の最初のほうで,著者は,下記のとおり述べています。

「ジョン・レノンとともに,宗教のない世界を想像(イマジン)してみてほしい。自爆テロリスト,9・11・・・(省略)・・・それらすべてが存在しない世界を想像してみてほしい。太古の仏像を爆破するタリバンのいない,冒涜者を公開斬首することのない,女性が肌をほんのわずかに見せたという罪で鞭打たれることのない世界を想像してみてほしい。」(本書10頁)


しかし,著者が望むように皆が無神論者になったからといって,宗教の名のもとの争いはなくなったとしても,利己主義,強欲,権力欲などに端を発する争いなどは無くならないと思います。

なので,イマジンするなら,「世界中の人々が霊的真理に目覚め,お互いがお互いのために尽くしあう世界を想像してみてほしい。」と言いたいところです(^ ^)

本書を一応最後まで読み切ったのですが,正直,読み進めるのが苦痛でした(T_T)

全部で約580頁もありますし,一読しただけでは理解できないような部分も多くて,内容の半分以上は,今でもよく分かってないかもしれません(~_~;)

本書は「宗教との決別」をうたっていますが,念頭に置いている宗教は,キリスト教です。

なので,本書は聖書からの引用も多くて,キリスト教や聖書の知識に乏しい私からしたら,途中から読むのがしんどかったです(~_~;)

あと,著者は,神の存在を支持する論証として,目的論的論証,インテリジェント・デザイン論などを挙げて,それらを批判しています。

インテリジェント・デザイン論(ID論)というのは,私は今回初めて聞いたのですが,「『知性ある何か』によって生命や宇宙の精妙なシステムが設計されたとする説」(wikipedia)ということらしいです。

スピリチュアリズム普及会さんのニューズレターでは,「ID論は,スピリチュアリズムの見解と全く同じ思想なのです。」(47号4頁)としています。

確かに,M・H・テスターなどは,特にID論的な説明をしていると思います。

「どこを見ても自然界には見事な意匠(デザイン)がある。その全てを見ることは不可能であり,これからのちも不可能であるが,わずかではあっても,これまでに見ることを得たかぎりでも,ただただ驚異というほかはない。その見事なデザインがあるからには,それを拵えたデザイナーがいるはずである。」(『私は霊力の証を見た』143頁(潮文社))


私としても,この地球の自然界,さらには宇宙全体が,寸分の狂いもない法則に支配されていることを考えると,それをデザインした人知を超えた超自然的な神(大霊)の存在を肯定するというのが,とてもしっくりきます。

しかし,著者は,ID論について,以下のように批判しています。

「設計者という考え方自体がただちに,彼自身(あるいは彼女自身/それ自体)はどこから来たのかというさらに大きな問題を提起するからである。」(本書180頁)

「宇宙を設計し,私たちの進化に導くように慎重かつ予見をもって調整することができるどんな神も,彼が提供しうる説明よりも,彼の存在を理論づけるためのほうにより大きな説明を必要とする,はるかに複雑でありえない実体であるという主張に対して,彼らはどう対処するのだろう?」(本書230頁)


これは確かに,神という超自然的存在を持ち出したとき,その神自体は,どこから来たものなのかという疑問が生まれることになって,結局,説明がつかなくなるというのは,著者の言う通りかなと思います。

すべてが原因と結果の法則に支配されているとすると,宇宙が創造された原因について神という概念まで遡って考えた場合,それでは神自身が作り出された原因は何なのかということになります。

神自身は,原因を必要としない,すべてに終止符を打つ究極の存在だとすると,それって理論的に説明できなくないのかという疑問は,確かに理解できます。

しかし,私たち人間から説明ができないということから,直ちに神を否定したり,神の存在する蓋然性が低いと説明したりすることにも飛躍があるように思います。

宇宙のこと,たとえば,宇宙に果てがあるのかとか,宇宙それ自体一つではなく多数の宇宙が存在するのではないかといったことについても,現在の最新宇宙論でも解明されていないと思います。

宇宙論自体まだまだ発展途上ですので,その宇宙を創造した存在である神を現時点で説明できないからといって,神を否定すべきではなく,少なくとも「現在の科学では説明する手段がない」と論じるべきだと思います。

神(大霊)自体の発生原因などについては,シルバーバーチも特段説明していないと思います。

たとえば,シルバーバーチは,以下のように述べています。

「私は原初のことは何も知りません。終末についても何も知りません。知っているのは 神は常に存在し,これからも永遠に存在し続けるということだけです。」(『シルバーバーチの霊訓(十二)』111頁(潮文社))


シルバーバーチという高級霊でも理解できないと述べているとしたら,神(大霊)がなぜ発生したのか,その原因などについては,地上にいる私たちが理解できる範囲を超えていることは間違いないと思います。

「宇宙は神の反映です。神が宇宙組織となって顕現しているのです。ハエに世の中のことが分かるでしょうか。魚に鳥の生活が理解できるでしょうか。犬に人間のような理性的思考ができるでしょうか。星に虚空が理解できるでしょうか。すべての存在を超えた神という存在をあなたがた人間が理解できないのは当然です。」(『シルバーバーチの霊訓(十二)』110頁(潮文社))


著者の立場からすれば,神は人間が理解できず,説明もできない存在であるとしたら,それは存在しないも同然だということだと思いますが,そのように考えるのは人間の能力や科学の力を過大評価しすぎているように思います。

何かまとまりがなくなってきましたが,私の感想としては以上のような感じで,著者の考えには全く賛成はできないのですが,本書は色々と考える材料は提供してくれたと思うので,簡単に読める本ではないですが,読んでみてよかったと思いました(^ ^)

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職業:弁護士
座右の書:『シルバー・バーチの霊訓』

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