2017.07.31 21:58|仕事

「皆さんはすぐに地上時代の地位,社会的立場,影響力,身分,肩書きといったものを考えますが,そうしたものはこちらでは何の意味もありません。」(『シルバー・バーチの霊訓(二)』90頁(潮文社))


今年度から,専門職が集まる自治体主催の会議に呼んでもらえるようになったのですが,その会議は,福祉,医療,法律の各分野から参加者がいて,法律分野からは私だけ参加なのですが,それが結構プレッシャーなんですよね(~_~;)

議題のなかで,法律が絡む問題が出てくると,必ず話を振られるのですが,即答できるような簡単な問題ではなく,大した発言も出来ず,「せっかく呼んでもらったのに申し訳ない・・・」という気持ちになり,へこむことが多いです(>_<)

弁護士というだけで,法律の専門家と見てもらえるのは有り難いのですが,常に専門家として責任ある回答をしないといけないというプレッシャーは常に感じますね・・・。

仕事でそんな感じなので,プライベートでは,できるだけ弁護士とは名乗りたくないという意識が働いて,いつも行っている美容院とかでも,会社勤めのサラリーマンということにしているのですが,仕事のことを突っ込まれると,だんだん辻褄が合わなくなってきて,「なんでこんなことで嘘ついんてんだろ・・・。」と自己嫌悪に陥ったりします。。。

私の同期の弁護士で,弁護士の登録を抹消して,企業に転職した人がいますが,その人が以前に「弁護士という肩書きを捨てたら,なんか肩の荷が下りた気がする」と言っていたことを思い出しました。

ただ,私としては弁護士を辞めたいとかそういうことはないですし,弁護士という肩書きがあるからこそできること,人の役に立てる場面があるかなと思っています。

一番上で引用したシルバーバーチの言葉のとおり,死後の世界では,肩書きが意味をなさないというのはそのとおりだとしても,現世において人の役に立つ道具,武器としては意味をなす場面があると思いますし,それは反面で責任,プレッシャーを伴うものだとも思います。

まあもっと経験を積んで,霊的にも成長すれば,いちいちプレッシャーに感じることもないと思うので,今のうちの苦労かなあと思います。

いずれにしても,先の会議でも役に立てるような発言をするためにも,もっと勉強しないとなあと,最近つくづく思いました。

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2017.07.17 00:16|思索
私は刑事事件は常に数件担当しているのですが,いま扱っている刑事事件のなかでも,一番対応に困っている被告人が,重大犯罪を何件か起こして,長期の懲役刑が予想されている被告人です。

その被告人と色々と話をしてみて分かったのが,その被告人の根底にある考え方が唯物主義的で,「とにかく自分が好きなように生きる。汗水垂らして働くなんて馬鹿らしい。やりたいようにやって,人生に嫌気がさしたら,死んでもいい。」という感じです(~_~;)

なので,いま裁判になっている件についても全く反省はなく,今後出所した後も,詐欺でも強盗でも手っ取り早く稼げる犯罪にまた手を出すか,もしくは自殺してしまうかのどっちかではないかと心配しています。。。

この被告人は唯物主義者のなかでも極端な部類かもしれませんが,本当に人生が一度きりで,死んだら最後,それで全て終わりという前提だったら,こういう被告人みたいな考えになってもしょうがないと思います。

しかし,本当に死んだらそれで終わりなのかという,その前提の部分をもっと考えて欲しいという気持ちが強いです。

唯物主義に関して,私が共感したアラン・カルデックの言葉があるので,ちょっと引用します。

天国と地獄―アラン・カルデックの「霊との対話」
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「『死んだらすべてが消滅し,完全な虚無が待っているのみ』という考え以上に恐ろしい考えがあるだろうか?健やかな愛も,知性も,向上も,苦労して身につけた知識もすべてが打ち砕かれ,すべてが消滅する(!)というのであるから。
もしそうなら,どうして,よりよい人間になるために努力をし,苦労して欲望を統制し,一生懸命,精神を豊かにする必要があるだろうか?」(アラン・カルデック『アラン・カルデックの「霊との対話」天国と地獄』(幸福の科学出版)292頁)



「死後が虚無であるならば,結局は,『いまさえよければいい』ということになる。論理的に考えても,待っているはずのない未来にかかずらうことはできないからである。
『いまさえよければいい』と考え始めると,当然,その次は,『自分さえよければいい』と考えることになる。まさしくエゴイズムの極地である。そして,そうなったときには,これも当然のことながら,自己信頼は失われる。そして,『生きているあいだだけが華だもの。やりたい放題をやって楽しまなければ損』ということになる。」(同書293頁)

 
先ほどの被告人に対してもそうですが,「死んだらすべてが消滅し,完全な虚無が待っているのみ」というのが,何で当然の前提になっているのか,それに対して疑問がないのかというのは是非問いたいところです。

「生きているあいだだけが華だもの。やりたい放題をやって楽しまなければ損。」という考え方に本当に違和感を持たないのか,自分の良心に照らして間違いないといえるのか,ということについて,私としては,「それは直観的に考えても,やっぱり何かおかしいという気はしないですか??」と言いたいところです。

それでも,「自分はそういう考えだ。」ということだったら,それは正直,もう為す術がないなあという気がします。

アラン・カルデックも言っているように,死んだらそれで全てが終わりという唯物主義的考え以上に恐ろしいものはないなあと本当に思います。

2017.07.01 17:55|日常

今週で、潮文社のシルバーバーチの霊訓シリーズを12巻まで通読できました(^ ^)

部分的には何度も読んでいるのですが、1巻から順番に通読したのは、多分3回目ぐらいです。

今回は通読するのに4ヶ月ぐらいかかってしまいました(>_<)

朝起きて仕事行く前に10分くらいは読むようにしてて、これは継続できているのですが、仕事から帰ってきてからは、読んだり読まなかったりですね(~_~;)

仕事でも文字を読む機会が多いので、帰宅した後は活字をあんま読みたくなくなります(~_~;)

しかも疲れてると眠くて頭に入ってこないので、なるべく音読するようにしています。

音読してれば、眠気を多少ごまかせますし、何か頭に入ってきやすい気がしますね(^ ^)

まあ音読だと読むスピードは遅くなって、なかなか進まないということはありますが。

それにしても、3回通読してみても、まだまだ理解ができてないところが多い気がします。

シルバーバーチの霊訓シリーズって、交霊会でのやりとりの一部を編者の好みで(?)切り貼りして編集していると思うので、体型的にまとめられているわけではないというのが、頭の中で整理しづらい一つの理由だと思います。

なので、読みながら自分なりに整理していく必要がありますし、あとはとにかく理解を深めるには、反復して繰り返し読むしかないかなと思ってます。

ということで、通読3周目終わったばかりですが、4周目に入りたいと思います(^ ^)

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Author:spilaw
性別:男性
年齢:30代
職業:弁護士
座右の書:『シルバー・バーチの霊訓』

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