2015.02.28 02:17|仕事
先日,私が担当していたある事件が,和解で無事解決しました(^ ^)

私の依頼者は,被告側で,数百万円の損害賠償請求をされていました。

原告に訴訟提起された後も,全面的に争ってきました。

原告が主張する事実関係と,依頼者(被告)が主張する事実関係は,全く異なり,証拠も少ないという事案で,私としても,当初から難しさを感じていました(~_~;)

依頼者と何度も打合せをしましたが,依頼者は,相手方に対する不平,不満を延々と感情的に話し続けるという感じでした。

私は,とにかく聞き手に徹して,2,3時間,話を聞き続けるということもありました(これは相当疲れましたが・・・。)。

そういうことを繰り返していくうちに,あるときから,徐々に依頼者の態度が変わっていき,「先生に色々話ししていたら,気持ちの整理もできてきたし,争い続けるのも嫌になってきたので,和解で終わらせたいと思うようになりました。」というようになりました。

そうして,相手方と和解での解決ということで交渉して,最終的に,依頼者から相手方に対してある程度まとまったお金を払って,解決という形になりました(^ ^)

この事件を通じて,やはり,依頼者の話をよく聞くというのは,重要だなとあらためて実感しました。

おそらく,この事件で,依頼者の話を十分に聞かずに,「過去の判例からいったら,おそらくこうなります。」とか,「証拠上,なかなかこちらにとって厳しいです。」といったアドバイスを一方的に言っていたら,依頼者の不満が解消されず,和解という形では終わらなかっただろうなという気がします。

依頼者にとにかくしゃべってもらって,不平・不満とかを全部吐き出してもらうと,その過程で,依頼者の頭の中が整理されていき,自分のなかで解決するというパターンは多い気がしますね。

感情的になっている依頼者の話を延々と聞き続けるというのは,負のエネルギーを全部背負うような感じで,聞き終わった後,本当ぐったりします(~_~;)

しかも,仕事が溜まっていると,そこまで時間がとれずに,依頼者の話を途中で遮って,一方的に法的見解を伝えて,相談を終わりにするという感じになりがちですので,依頼者の話をよく聞くというのは,常に意識しておきたいと思いました。

和解で終わらせるためにという意味だけでなく,依頼者のちょっとした話のなかで,その事案の解明の糸口が見つかったりしますしね。



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2015.02.23 00:41|書籍紹介
天界と地獄天界と地獄
(2012/01)
エマニュエル スウェーデンボルグ

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スウェーデンボルグは,18世紀に北欧で活躍した科学者であり,神学者であり,神秘主義思想家です(他にも多くの肩書きがあります。)。

スウェーデンボルグの知能指数は200を超え,9ヶ国語を操り,数学・物理学・天文学・宇宙科学・鉱物学・化学・冶金学・解剖学・生理学・地質学・自然史学・結晶学など,多方面の分野に精通したいわば天才です(^ ^)

スウェーデンボルグは,50代半ばで,幽体離脱した状態で霊界に出入りすることができるようになってから,膨大な霊界探訪記を著しています。

シルバーバーチの霊訓などに代表される霊界通信は,霊界から送られてくるメッセージを地上の霊媒が受け取るという性質のものなので,スウェーデンボルグの霊界探訪記は,一般的な霊界通信とはちょっと違いますね。

本書の訳者である宮崎伸治氏は,「数多く読んできた霊界著作の中でも最も信頼に値すると思えたのがスウェーデンボルグの著作」と評価しています(本書5頁)。

スウェーデンボルグの文章は,内容や用語が難解で,格調の高い荘厳な文体らしく,それを訳者の方で読みやすい訳文にしたということです。

確かに全体的に読みやすい文章になっていますね(^ ^)

ただ,一読しただけでは意味がよく分からない部分もあり,私はちゃんと理解できているか,心許ないところがあります(>_<)

興味深いと思ったのは,「世俗的なものを拒否する必要はない」(本書47頁)というところです。

スウェーデンボルグは,「特に金銭や名誉など世俗的なものを拒否し,神や救済,永遠の生命について敬虔に瞑想し続け,祈ったり,聖書などの霊的な書物を読んだりして過ごす人生」は,間違っていると指摘しています(同頁)。

「実際そのように世俗を捨て,霊の中に生きている人たちは,もの悲しい人生を送っており,天界の喜びを受け付けません。なぜなら,だれもが自分の人生をあの世にもっていくからです。
 人間が天界の生命を受け入れるためには,世俗に生き,仕事をし,道徳的・社会的に生きることで霊的人生を受け入れなければなりません。それ以外の方法では霊的人生は築けませんし,天界へ入る準備もできません。」(本書47頁)



霊界通信などを読み込んで,霊界のことばかり考えていると,世俗的なことがくだらないと思えてしまうこともあり,世俗から離れて,瞑想でもしていた方が充実感を覚えるんじゃないかとか考えたりしたこともありました。

しかし,世俗から離れて,他人と交わる機会が無くなれば,人の役に立つこと自体が出来なくなり,隣人愛の実践の機会も無くなりますよね。

なので,世俗に生き,きちんと仕事をしながら,スピリチュアリズムを実践することが重要なのだと思います。

ただ,世俗の中で生きていると,どうしても世俗にまみれてしまいますよね(~_~;)

特に仕事が忙しいときは,霊的なことなど,どこかに吹き飛んでしまい,目の前の仕事をどう処理するかということで頭が一杯になってしまうことはよくあります。

そうなると,人の役に立つとかという意識も薄れてしまい,まさに世俗にまみれてしまいます。

世俗の中で生きながら,世俗にまみれず,人の役に立ちたいという強い気持ちを持ち続け,それを実践することは,本当に難しいなとよく思います。

あと本書のなかで興味深かったのは,「天界と人類との結びつき」(本書123頁)のところです。

スウェーデンボルグは,以下のように言っています。

「もし人間が,『あらゆる善は神から生じ,あらゆる悪は地獄から生じている』という事実を信じれば,善を自分の手柄にすることも,悪に誘惑されることもなくなるでしょう。また,自分が考えたり行ったりする善の中に神を見るでしょうし,自分の中に流れ込んで来る悪はすべて地獄に追い返すでしょう。
 なのに人間は天界や地獄から流れ込んで来るものなどないと思いこんでいるため,考えたり欲したりするものはすべて自ら考えたり欲したりしたものだと思い,流れ込んできた悪に染まったり,流れ込んできた善を自分の手柄にしたりするのです。」(本書124頁)



人の役に立てたと思うとき,それが自分の手柄だと自惚れてしまうことがありますが,それは要注意ですね(>_<)

人の役に立とうと努力するとき,その背後には霊界からの援助があるはずで,その努力が実ったのであれば,自分の努力や能力の結果ではなく,霊界からの援助があったおかげだと思います。

自分がいま弁護士として仕事ができているのも,弁護士として人の役に立ちたいという気持ちを自分が持ったときに,霊界からの援助があったからに違いないと思っています。

そうでなければ,司法試験に受かる実力も能力も自分には無かったと思います。

霊界からの援助に感謝し,自惚れることなく,謙虚に日々実践を心がけたいですね(^ ^)


2015.02.15 23:57|書籍紹介
新装版 霊的治療の解明新装版 霊的治療の解明
(2014/11/17)
ハリー エドワーズ

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昨年の11月に,ハリー・エドワーズの『霊的治療の解明』の新装版が出ました(^ ^)

ハリー・エドワーズ(1893-1976)は,「キリスト以来最大の霊的治療家」「世界の霊的治療家の最高峰」などと称されている歴史的なヒーラーです。

本書の訳者である梅原伸太郎氏は,「彼の実績はかつてのキリストの仕事を上回ったと言っても過言ではない」(本書P287)と評しています。

過去に,日本のテレビでも紹介されたことがあるので,ご存じの方も多いかもしれないですね。

ハリー・エドワーズのもとへ治療依頼に来るのは,一般庶民に限らず,英王室,他の王室の方々,大臣や司法官,貴族院議員,政党の党首,国会議員,陸海軍の最高司令官などもいたということですから,ハリー・エドワーズの影響力は,あらゆる階層の人達に及んでいたということが分かります。

ハリー・エドワーズは,治療費の請求をしたことは一度もなかったようですね。

ちなみに,ハリー・エドワーズは,シルバーバーチの交霊会にも招かれたりしていて,『シルバー・バーチの霊訓』(潮文社)シリーズにも登場しています。

本書には,霊的治療の概念やメカニズム,治療能力の開発,霊的治療の成功例などが書かれていて,ヒーラーにとって必読の書といえると思います。

ハリー・エドワーズは,数々の奇跡的治療に成功したようですが,治療に成功したということだけでは,真の目的を達成したことにはなりません。

「心霊治療の仕事の大切な要素は身体を治すことではなくて魂の琴線にふれさせることです。魂を目覚めさせ,身体への支配力を大きくさせ,生きる目的を自覚させ,霊的存在としての本来の自我を表現させることに成功すれば,これは治療家として最大の貢献をしたことになります。」(『シルバー・バーチの霊訓(二)』(潮文社)P193)



本書では,ハリー・エドワーズの治療によって,多くの人が霊的真理に目覚めたという話は述べられていないので,そのあたりはどうだったんでしょうか。

ハリー・エドワーズは,何千人にもの観衆を集めて,大規模な公開ヒーリングをしていたようですが,そうした方法は,霊的治療を広く大衆に認知してもらうという点では意味があったと思います。

ただ,そういう大規模な公開ヒーリングで,奇跡的な治療に成功しても,集まった観衆の多くが,霊的真理に目覚めるかというと,そういうわけではなく,むしろ,治癒したことばかりがクローズアップされてしまう可能性もあったのではないかと思います。

霊的治療によって,魂の琴線にふれさせる,というところまで行くのは,そう簡単ではないと思われ,そのあたりは,ハリー・エドワーズも苦心されていたのではないでしょうか。

『シルバー・バーチの霊訓(六)』(潮文社)P16で,ハリー・エドワーズは,「最後の段階で病気の治癒と真理の理解との兼ね合いがうまくいってほしいのですが,霊的高揚というのはなかなか望めないように思います。」と述べていますが,これもそうした苦心の表れである気がします。

ただ,いずれにしても,霊的治療を通じて,患者自身が深い感動を覚え,霊的真理に興味を持ったという方々も,今までに相当数いると思います。

スピリチュアリズムの普及にとって,霊的治療,ヒーリングは非常に重要だと思いますし,ヒーラーとして,スピリチュアリズムを実践されている方々を尊敬しています(^ ^)


2015.02.11 23:50|仕事
先日,私が担当している過失運転致死事件の刑事裁判がありました。

事案は,被告人が,乗っていた自動車で幼い子どもをひいてしまい,その子どもは即死してしまったというものです。

被害者が亡くなってしまったうえ,将来ある幼い子どもだったということもあり,被害者遺族の怒り,悲しみは物凄いものがありました。

裁判当日も,遺族の方々が,傍聴席に遺影を持ちながらズラリと並んでいました。

こういう完全アウェイの状況で被告人の弁護をしないといけないので,弁護人としてはかなりやりずらいですし,正直,気が重かったです(~_~;)

弁護人として,「被告人には有利な情状が多々あるので,執行猶予判決(刑務所に入れない)にすべきである」などと述べたときの,私をにらみ付けるような遺族の方々の眼差しが印象に残っています。

最近は,犯罪被害者側に弁護士がついて,刑事裁判のときも,その弁護士が証人尋問したり,被告人に質問したり,意見陳述をしたりして,被害者もしくは遺族の意見を代弁するという場合もあって,そういう形で被害者に寄り添う弁護士というのも,徐々にですが,増えてきている気がします。

けど,私は,被害者遺族の反感を買うことを承知でいうと,何か被害者側に寄り添うことに抵抗があるというか,被害者側に感情移入できないんですよね。

特に,被害者が亡くなった事件の場合,遺族の被害感情は強く,「被告人を死刑にしてもらいたい!」とか,「被告人を苦しめたい!」など,報復的な感情に支配されているケースが多く,そういう遺族の方々のために頑張りたい,という気持ちがどうも湧いてこないのです。

遺族に寄り添う弁護士ということになれば,遺族の感情を理解してあげて,被告人を死刑にするため,もしくは重罰を科すために,ともに闘いましょう,という意気込みで,遺族の代弁者となるのが,遺族にとって,いい弁護士といえるのかもしれません。

しかし,そういう遺族の代弁者になりたいという気持ちに,あまりなれないです。

「お子さんは肉体的には死亡されましたが,魂は死後にも存続していて・・・」などと,遺族の方々に説明したりしたら,即刻,解任されるでしょう(>_<)

こういう根本的な部分での考えの違いがあることから,仮に,私が遺族側についたとしても,私の言った言葉が遺族にとっては,不謹慎とみえたり,遺族の感情をないがしろにしていると思われたりして,遺族の反感を買う可能性は高いと思います。

そういう観点からも,被害者もしくは遺族側の弁護士にはなりづらいですね。

むしろ,私は,被害者側に立つよりも,被告人側に立って,被告人の更生に尽力したいという気持ちの方が断然強いです。

「何で悪い人の弁護をするの?」といった質問は,弁護士をしていれば,一度は質問されますし,被害者を正義,被告人を悪として,被害者側についた方が正義の味方みたいに感じるかもしれません。

けど,私としては,被告人がなぜ犯罪を犯すに至ったのかという,犯罪の動機,原因を探り,ではこれから被告人が更生するためにはどうしていくべきかを,被告人及び被告人の親族とともに考え,被告人の今後の更生,社会復帰を可能にしていくという弁護活動には,すごいやりがいを感じています。

被告人の今後の人生を良い方向に導けるような仕事ができれば,人のお役に立てたなあと実感できて,うれしいですね(^ ^)

出所して社会復帰した後にも,感謝の手紙をくれたりする被告人もいて,そういう経験をすると,やっぱり弁護人として被告人側に寄り添っていたいなという思いが強くなります(^ ^)



2015.02.09 22:38|書籍紹介
背後霊の不思議―あなたの運勢を開く背後霊の不思議―あなたの運勢を開く
(2006/04)
モーリス・H. テスター

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『背後霊の不思議』(2006年,潮文社)の著者であるM・H・テスターは,英国でも指折りの霊的治療家として活躍された方です。

テスターは,医学的に不治とされている患者を,1日におよそ20人から30人も治療していたとのことです。

テスターは,1987年に他界されています。

本書は,『背後霊の不思議』という書名ですが,背後霊の存在が不思議だとか,背後霊の不思議な点とかが書かれているわけでは全くなく,書名と内容が全く一致していないですね(>_<)

なんでこういう書名になったんだろうと思い,原題を確認してみたところ,「HOW TO BE HELTHY,WEALTHY,AND WISE」だったので,原題と全く違う書名がつけられているんですね。

本書は,昭和41年に,「こうすれば健康と富と成功が得られる」という書名で出版されていたみたいなので,こっちの方が,原題に忠実です。

本書は,心霊学者が書いたような小難しい内容ではなく,たとえ話も豊富で,身近な話題も多くて,かなり読みやすいです。

しかも,テスターは,心霊治療家として,スピリチュアリズムの実践をまさに身をもって体現された方なので,参考になる点が色々書かれていて,オススメです。

特に,参考になったのは,憎い相手を愛する方法です。

仕事をしていると,どうしても好感を持てない人と顔を会わさないといけない機会が必ずあります。

そういった相手に対する接し方は,なかなか難しいですよね(~_~;)

この点について,シルバーバーチは,次のように言っています。

 「好感を覚える人を愛するのはやさしいことです。そこには徳性も神聖さもありません。好感の持てない人を愛する-これが魂の霊格の高さを示します。あなたに憎しみを抱いている人のもとに赴くこと,あなたの気に食わぬ人のために手を差しのべること,これは容易なことではありません。確かに難しいことです。しかし,あなた方は常に理想を目標としなければいけません。他人にできないことをする,これが奉仕の奉仕たる所以だからです。」(『シルバーバーチの霊訓(一)』P142(潮文社))



シルバーバーチが言っているように,好感の持てない人を愛することは,そう簡単にできないですよね。

シルバーバーチが言っている内容は,理解していても,なかなか実践に移せていませんでした(>_<)

実践という観点からすると,テスターが言っている次のような視点は,すごい参考になります。

「憎い相手を愛するのは,確かに難しい。が,・・・相手も神の子である。何かよいものをもっているはずである。その良い面を認めて慈しみの心を向けてやることである。」(本書P172)
「誰にだって良い面があるはずである。悪い面には目をつむって,ひたすらにその良い面を見て,いい人だ,いい人だと思ってあげることだ。」(本書P176)



これは,なるほどなと思いました。

自分にとって好感の持てない相手の場合,その人の悪い面ばかりをクローズアップしがちです。

しかし,誰だって,探せば良い面はどこかしらありますよね。

その良い面をその都度取り上げて,良い人なんだと思うようにしていれば,そういう人に対して,手を差し伸べてあげることは,以前よりも容易になると思います。

人と接するときは,悪い面探し,アラ探しをするのではなく,悪い面はとりあえず目をつむって,良いところはないかという視点で接していると,自分にとって憎い相手というのは,少なくなると思います。

しかも,人の良いところを見つけようという視点で人と接していると,人間関係も良くなる気がします(^ ^)

本書は,これ以外にも,日常生活の心がけで参考になる点が色々書いてありますので,一読をオススメ致しますm(_ _)m



2015.02.07 22:27|仕事
先日,妊娠中絶をするか,出産するべきかどうかで迷っている妊娠中の方から,相談を受けました。

聞くところによると,相手方の男性は,「産んでもオレは知らない。認知は絶対しない!」と断言したうえで,音信不通になっているとのことでした。

相談者の女性は,産みたいけれど,相手方は認知もしないし,養育費も払わないと思うので,子どもをちゃんと養っていけるかすごく不安・・・,ということでした。

この場合,法的手段としては,子どもを出産した後に,裁判所に認知の調停を申し立てることになります。

認知の調停が成立すれば,相手方の男性と子どもとの間に,法律上の親子関係が生じます。

これによって,相手方の男性は,子どもを養育する義務を負うことになり,実際に子どもの面倒を見ている母親の方から,養育費の請求をすることができます。

ただ,これはあくまで形式的な法律論で,実際のところは,色々と問題があります。

まず,認知の調停がうまく成立したとしても,養育費を払うかどうかは,また別問題ということです。

認知の調停を起こすまで認知をしようとしなかった男性ですから,養育費を払わない可能性は高いと思われます。

そうなると,今度は,養育費請求の調停を起こす必要が出てきます。

この調停が成立したとしても,その後に養育費を払わなくなったりすることはよくあり,その場合は,強制執行ということで,相手方の給料の差押え等をしていくことになります。

しかし,職を転々とするような人の場合,勤務先の特定が難しく,給料の差押えができないというケースも結構あります。

このように考えると・・・,結局,養育費をきっちりとれる可能性は高くない,という結論になってしまいます。

このような説明を相談者にすると,「やっぱり今後の生活が不安。堕ろした方がいいのかな・・・。」という感じになってしまいます。

しかし,シルバーバーチは,以下のように言っています。

 「とにかく中絶の行為がなされた瞬間から,それは間違いを犯したことになります。いいですか,あなたがた人間には生命を創造する力はないのです。あなた方は生命を霊界から地上へ移す役しかしていないのです。その生命の顕現の機会を滅ぼす権利はありません。中絶は殺人と同じです。妊娠の瞬間から霊はその女性の子宮に宿っております。」(『シルバーバーチの霊訓(八)』131頁(潮文社))



これをそのまま相談者に伝えたい衝動に駆られましたけど,それはおさえました(>_<)

妊娠中絶する場合も,その動機が問われるので,今後の生活が破綻しそうという経済的理由で中絶を選択した場合,その動機は考慮されると思います。

しかし,シルバーバーチが「中絶は殺人と同じです。」と言っているとおり,中絶は望ましいものではないので,私としても,何とか中絶を避けて,出産する方向で相談者に検討してもらいたいと思っています。

ただ,出産する場合,上記のとおり,その後の生活不安というのはあるので,「相手方の男性から養育費を回収するために,あらゆる法的手段を使って,できる限りのことはさせて頂きます。」とか,「幼いお子さんがいて働くこともできず,財産もなく,親族等からの援助も期待できない,といった場合であれば,生活保護を受給できる可能性があるので,私も生活保護の申請に同行して,担当者を説得します。」とか,色々説明して,生活への不安をできる限り取り除いてもらうように,心がけています。

相談者の女性としても,やはり出産したいという気持ちはあるので,そのために弁護士としてできることは何か,というのを今後も考えていきたいと思います。


2015.02.05 23:37|書籍紹介
アラン・カルデックの「霊との対話」  天国と地獄IIアラン・カルデックの「霊との対話」 天国と地獄II
(2006/08/27)
アラン・カルデック

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『アラン・カルデックの霊との対話­-天国と地獄Ⅱ-』­(2006年,幸福の科学出版)には,前作に収まらなかった霊からのメッセージが多数収録されています。

前作と比べて,本書には,天国で喜びを謳歌する霊からのメッセージが多く収められています。

そうした霊のメッセージを読むと,地上で数多くの試練に耐えて,人の役に立つ行いをしていれば,霊界で素晴らしい幸福を享受できる,ということがよく分かります(^ ^)

たとえば,悪しき環境にあっても,魂を純粋に,高貴に保ち,強い意志によって,あらゆる誘惑に耐えたヴィクトール・ルビュルフ霊は,次のように言っています。

「これは誓って申し上げますが,もしあなたがたの人生が神の法に適ったものであったならば,死後に待っているのは,想像を絶する報いなのです。」(本書71頁)



こういったことから考えると,地上でのほんの短期間の苦しみは,死後の無限とも言える時間の幸福からすれば,何ほどのものではないということができます。

ただ,ここで1つ疑問な点があります。

霊界で「自分が」幸福になるためという動機で,地上において,苦難に耐えたり,人の役に立ったりするということは,エゴにならないか,ということです。

死後における「自分の」幸福を手に入れるということが目的で,地上において人の役に立ったりする行為が,そうした目的を達成するための手段にすぎなかったら,それは結局,利己的ということになってしまうのでしょうか。

シルバーバーチなどは,動機の重要性を説いていますが,死後における「自分の」幸せを獲得するという動機は,善といえるのでしょうか。

地上において,「自分の」幸せばかり求めることは,まさしくエゴといえますが,地上ではなく,霊界での「自分の」幸せだけを追及すること,つまり,将来行くことになる霊界で「自分が」幸せであれればそれでいい,というのもエゴと言えそうな気がします。

「死んだ後の素晴らしい生活を享受したいから,地上で人の役に立とう。」という考えは,何か崇高な感じがしないですね。

天国で喜びを謳歌するサミュエル・フィリップ霊は,以下のとおり述べています。

「『問題は,死んでから幸福になれるかどうかだ』ということです。地上における苦しみで,死後の生活の幸福を購えるとすれば,決して高い買い物ではありません。」(本書30頁)。



しかし,この霊が言っているのも,「問題は,死んでから(自分が)幸福になれるかどうかだ」と言っているようにも読めます(曲解かもしれませんが)。

そうすると,死んでからの「自分の」幸福を求めることはアリなんでしょうか。

それとも,死後の「自分の」幸せばかりを求めるのも,一種の利己主義で,人の役に立つこと,「他人の」幸せだけを動機,目的とし,そのあくまで結果として,死後に幸福を得ることができるというのが,いいのでしょうか。

この辺りは,自分が勉強不足なこともあり,よく分からないです(>_<)


話は変わって,本書の第2部では,アラン・カルデックの自伝が収録されています。

その自伝のなかで,スピリチュアリズムの普及活動等について,色々書かれていますが,スピリチュアリズムを普及するにあたっては,あらゆる試練に耐えないといけないということが,以下のようなアラン・カルデックの経験からもよく分かりますね。

 「仮借ない敵陣営の憎悪の的となり,侮辱,悪口,中傷,ねたみ,嫉妬にさらされてきた。私を攻撃する文書が数限りなく刊行された。私の心からの指示は曲解された。信頼する人々からは裏切られた。私が奉仕した人々からは無視された。パリ霊実在主義協会は,私の味方であるはずの人々の策略で混乱しつづけた。面と向かっては私に微笑む人々が,裏では私を冷酷にこきおろした。私を支持する人々の中には,私が協会から吸い上げた資金で私腹を肥やしていると言いふらす人間たちもいた。」(本書289頁,290頁)



スピリチュアリズムの普及というのは,本当に覚悟がないとできない活動だなとあらためて思います。

このような試練に耐えてでも,スピリチュアリズムを普及していこうという覚悟が自分にあるか・・・,と考えると,まだまだだなと思います(>_<)

2015.02.02 23:30|書籍紹介
天国と地獄―アラン・カルデックの「霊との対話」天国と地獄―アラン・カルデックの「霊との対話」
(2006/02)
アラン カルデック

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高級霊からの霊訓なるものは,難しくてよく分かんない,もう少し読みやすい霊からのメッセージはないか,という方にオススメなのが,アラン・カルデック『天国と地獄』(2006年,幸福の科学出版)です。

アラン・カルデック(1804年~1869年)の著作シリーズは,近代スピリチュアリズムの偉大な古典で,19世紀後半のヨーロッパで,400万部を超える大ベストセラーとなったそうです。

本書は,つい先日まで生きていた霊たちからのメッセージなので,私たち人間の感覚とあまり変わらず,その意味で読みやすさがあると思います。

肉体的に死んでから間もない霊たちなので,死亡直後のことについて,かなり具体的に書かれていて,興味深いですね(^ ^)

また,霊が置かれている境遇も色々で,霊界で幸福に暮らす霊,普通の心境の霊,苦しんでいる霊など,様々です。

幸福に暮らす霊によると,霊界での生活は,「筆舌に尽くしがたい幸福に満たされている」そうで(本書39頁),「どのような大詩人であっても描写できないような素晴らしい」生活らしいです(本書46頁)。

こういうのを読むと,思わず,「こんな霊界生活を早くしてみたい!」と思ってしまいますね(^ ^)

一方,苦しんでいる霊たちからのメッセージは,悲惨なもので,衝撃的な内容となっています。

たとえば,極端なエゴイストであった女性の霊クレールのメッセージは,なかなか生々しいです。

「あんたみたいに頭の悪いに人間に,絶対終わらない1日というものが,どれほど恐ろしいか,分かるもんですか!1日,1年,1世紀,どれも同じこと。時間なんて,はっきりしないし,季節もない。永遠によどんだ時間,まったく進まない1日。ああ,いやだ!いやだ!いやだ!のろのろした重苦しい時間が,鉛みたいにのしかかる。
ああ,苦しい!もういや!まわりにいるのは亡霊だけ。押し黙った,何にも関心のない影ばかりだわ。ああ,いやだ!」(本書145頁)



これは,壮絶ですね・・・。

エゴイストの末路がこんな境遇だと分かれば,地上にいる間に苦難に耐え,善の行いを積んだ方がよほど賢明と思えてきます。

本書の第3部は,アラン・カルデック自身による論考ですが,そのなかで,「死後の魂のあり方を示す法則集」と題して,第1条から第33条までの規定を並べ,これらが神の正義による法であるとしています。

このあたりは,医学博士で教育学者であったアラン・カルデックらしいというか,このように法則集としてまとめたがる(体系化したがる)のは,学者のさが何でしょうか。

条文としてきっちり整理されているのが,面白いです(^ ^)

シルバーバーチの霊訓なんかも,何か雑然と編集されているので,もっと体系化したらどうかとか考えたことはありますが,そうすると,体系化する過程で,人間の思考が介在して,霊訓の良さが削がれてしまう気がします。

学者とかが体系化して,霊訓の内容が整然と整理されると,無味乾燥になる予感がします。

シルバーバーチの霊訓は,その文脈から(この辺りは感覚的で表現しずらいですが)崇高さが伝わってくるような感じで,それこそが,読者の感動を呼ぶものだと思うので,結論としては,今のシルバーバーチの霊訓のような形でいい気がします。

先ほどのアラン・カルデックの法則集の話に戻ると,ある程度,スピリチュアリズムに理解がある人が読めば,頭が整理されていいのかもしれませんが,初見の人があの法則集だけ読むと,無味乾燥で,特に感銘を受けないと思います。

ただ,この本の構成からいって,霊からのメッセージを第2部で色々紹介したうえで,第3部の最後の方で,法則集として,まとめているので,これはこれでいいんじゃないかと思います。

アラン・カルデックの『天国と地獄』には,第2巻があるので,次回は,そちらをご紹介したいと思います(^ ^)

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spilaw

Author:spilaw
性別:男性
年齢:30代
職業:弁護士
座右の書:『シルバー・バーチの霊訓』

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