2015.01.31 22:42|日常
ここ1年くらい,隣人の騒音に悩まされています(~_~;)。

深夜に隣から聞こえてくる笑い声や物音で,起こされたことは何回もあります。

こういうときは,どうしても腹が立ってしまいますよね(>_<)。

腹が立つと,「警告書を内容証明郵便で送りつけるしかない!」などと考えて,「民事調停,訴訟等のあらゆる法的手段も辞さない。」といった文案を考えては,「いかん,いかん・・・」と反省しています。

こういう隣人の騒音にどう向き合ったらいいかは,今まで色々考えてきました。

過去に,不動産会社を通じて注意してもらったこともありますが,一時的によくなるだけか,そもそも全く変わらないかのどっちかでした。

こういう場合って,どちらかが引っ越さない限り,問題が最終的に解決しないというケースが多いんだろうという気がします。

ただ,引っ越すという決断もすぐにはできないですよね。

そうなると,ある程度,騒音を我慢しなければいけないということになってきます。

では,どう我慢し,相手に対して寛容でいられるかですね。

まず,心の持ちようとしては,こういう隣人の騒音に悩まされるという状況を学ばせてもらっていると考えるようにします。

こういう状況を経験しないと,気付かないうちに,自分が騒音を出す側になってしまうかもしれない。

騒音に悩まされる被害者側に立って初めて,被害者側の気持ちが分かり,自分が加害者にならないように,気を付けることができる,ということもいえると思います。

そこで,隣人の騒音をあれこれいう前に,まず,私自身が隣人に迷惑をかけないよう,ドアなどは静かに閉め,携帯で話すときは大きな声を出さず,下の階の人のことも考えて足音はあまり出さないように基本靴下を履き,忍び足ぎみに歩く,音楽を聴くにしても基本イヤホン装着など,騒音の発生源をできる限り排除します。

隣人が騒音出してるんだから,こっちも多少うるさくても構わないと考えてしまうと,結局,同じレベルということになってしまいますしね(>_<)。

また,騒音を出す隣人は,私からしたら,全く好意が持てる相手ではないですが,そういう相手に対しても,分け隔て無く接することができるかというのは,魂の発達程度を見る1つの指標である気がします。

そこで,偶然,隣人と会ったりした場合は,自分ができる最大限の爽やかな挨拶で対応するように心がけています(笑)

もちろん,深夜にうるさくされて起こされた翌日に会ったりすると,そう簡単に愛想良く挨拶できるものではありませんが,その心がけは忘れないようにしたいと思います。

スピリチュアリズムを知っているだけでは意味がないので,こういう場面でも,「日々実践」を常に心がけたいと思います(^ ^)。


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2015.01.28 22:18|仕事
「殺してやりたいほど,あいつが憎い。」

これは,ある親族トラブルの件で,相談者が口に出した言葉でした。

親族トラブルには,相続争い,親族間での貸金返還,家屋明渡し,扶養料請求等,色々ありますが,双方の感情的な対立が激しい事件が多いという印象です。

警察庁によると,2013年の殺人事件検挙件数のうち,被疑者と被害者の関係が親族間である割合は53.5%ということみたいです。

つまり,ざっくりいうと,殺人事件の半数以上は,親族間での殺人ということになります。

親族は,他人よりも,圧倒的に距離が近いですし,特に同居している家族の場合は,毎日のように顔を会わせる関係ですから,依存しやすい関係にあります。

しかも,家族がこちらの気持ちを理解してくれない場合,それに対する不満は,他人の場合の比ではないと思います。

親族関係は,切っても切れない関係ですから,特定の親族に対する憎しみ,怒り等の感情は,長年蓄積されていき,徐々にその感情に支配されるようになり,最終的にその感情が爆発した結果が,殺人に至ったというケースが多いような気がします。

冒頭で書いた相談者のケースは,本当に殺人まで至る事案ではないと思いましたが,相談者の考えをどうにか変えることはできないかと思いました。

法律相談をしていると,相談者が抱いている感情論を延々としゃべり出したとき,「う~ん,これは事案の解決と関係ないな。」と思い,聞き流したくなったりしてしまいます。

そして,「まあ,そのお気持ちも分かりますが・・・」などと言いつつ,話を中断させて,法律的にはこうなりますよという話に持って行ったりしがちです。

しかし,法律論でそのケースは解決できたとしても,相談者の相手に対する憎しみ,怒りなどは,消えるものではないですよね。

そういう感情を抱き続けている限り,また違う場面で,親族争いに発展する可能性を秘めているといえます(特に,親族の誰かが亡くなり,相続の話になった場合は,まさにそうなりますよね。あいつには,一銭も渡したくないとか。)。

そういう将来の争いを断ち切るという意味でも,相談者が持っている悪感情を解消しておく必要があると思います。

親族でありながら,殺したくなるような憎しみ,怒りですから,そう簡単に無くなるものではありません。

しかし,その感情を吐きだして,解消させない限り,その相談者の考えは変わらないと思います。

こういうケースでは,相談者の感情論をよく聞いてあげるというのが必要じゃないかなと思います。

相談者が持っている否定的感情を,うまく吐き出させてあげるのです。

殺したいほど憎いというなら,なぜそれほど憎いのか,どういう事情があったのか,を詳しく話してもらいます。

それは,1回や2回の相談では終わりませんが,根気強く聞き(途中で聞いているのがしんどくなることも多々ありますが),否定的感情の解消に努めます。

それでも考えが変わらない(悪感情が無くならない)相談者ももちろんいます。

ただ,一方で,考えが変わってくれるというか,「何か話ししていたら,憎み続けているのも馬鹿らしくなってきました。」とか言ってくれる相談者もいます。

私としては,一人でも変わってくれればそれでいい,というスタンスで,地道に頑張りたいと思います(^ ^)

2015.01.28 00:24|時事
  http://www.bengo4.com/topics/2591/

シンポジウム終了後、会場に来ていた弁護士の一人に話を聞くと、「私は奨学金と修習中の貸与金で700万円を借りています。法律相談で700万円の借金があるという人から相談を受けたら、私は破産の申立てを勧めますよ」と自嘲気味に話していた。



この記事にあるように,弁護士になった時点で,多い人で700万円もの借金を抱えているというのは,事実だと思います。

700万円までは行かなくても,300万円,400万円程度の借金がある人は,結構いるという印象です。

ここまで借金を抱えている理由は,いくつかありますが,司法試験を受けるためには,原則として法科大学院に行かないといけないという制度になったことと,司法試験に受かった後に,司法修習といって,1年間実務研修があるのですが,その研修期間中の給料制が廃止されて,この記事にもあるように貸与制(国からお金を借りる)に変わったことの2点が大きいと思います。

大学,法科大学院の学費,司法修習中に国から借りた借金・・・,というように,どんどん借金が膨らんでいくのです(T_T)

今の制度には色々と批判があり,様々なところで論じられているところですが,私が一番気になるのは,「人の役に立ちたい!」「社会に貢献したい!」という熱意で弁護士を目指した人たちが,700万円もの借金を抱えたとき,当初の気持ちを忘れてしまう人が少なくないのではないか,ということです。

最近は,弁護士人口が急増して,弁護士業界の競争が激化していて,弁護士の間の所得格差も広がっています。

弁護士業界自体が厳しい状況のなか,多額の借金を抱えた状態で弁護士になる若手は,「とにかくお金を稼がないと・・・。」という気持ちになりがちだと思います。

借金の返済もありますし,将来への不安感もあるのです。

そうなると,法律事務所等への就職の段階でも,高収入が見込まれるか,将来性があるか,ということで頭が一杯になり,社会貢献などの気持ちは,どっかに吹き飛んでしまいます。

また,以前は,若手弁護士のなかで,会務活動(弁護士会のボランティア的活動)に熱心に取り組む弁護士の割合は,比較的高かったけど,最近では,会務活動に一切参加しない弁護士が増えてしまったと,ベテランの先生方が嘆くのを聞きますが,それも1つのあらわれである気がします。

「会務活動なんかやっていないで,もっと事務所の仕事をしろ!」とボスの弁護士から言われて,会務活動に参加できない若手もいると聞くので,事務所の方針自体の問題というところもありますが。

いずれにしても,弁護士になった時点で,多額の借金を抱えているという今の状況は,何とか変えて行く必要がありますね。

せっかく,当初は,「人の役に立ちたい!」「社会に貢献したい!」という気持ちがあったのに,そういう気持ちが削がれてしまう制度設計になってしまっているのは,非常に残念ですし(>_<)

もちろん,借金を抱え,将来に不安を持ちつつも,初心を忘れず,素晴らしい活動をされている若手の先生方もいらっしゃるので,その人の意思次第だと言ってしまえばそれまでですが,なかなか初心を貫くことができないのが,今の現状だと思います。

その現状を変えていくためには,上記の記事にあるように,司法修習生の貸与制を給費性に戻すというのが1つの方法だと思いますが,「司法修習生に給料を!」という運動が,どれだけ一般国民の方々の共感が得られるかというと・・・,なかなか難しいところがあり,悩ましいですね。


2015.01.27 01:04|書籍紹介
コナン・ドイルの心霊学コナン・ドイルの心霊学
(2007/12)
コナン ドイル

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スピリチュアリズムについて,いまだ半信半疑という方にオススメしたいのが,コナン・ドイル『コナン・ドイルの心霊学』(潮文社,2007年)です。

コナン・ドイルは,ご存じのとおり,シャーロック・ホームズシリーズの著者ですが,ドイルが「スピリチュアリズムのパウロ」と呼ばれるほど,霊的真理普及のために尽力していたことは,あまり知られていません。

本書で特に興味深いのは,第一章の「心霊現象の実在を確信するまで」です。

この章では,もともと唯物的思想を持ち,死が全ての終焉であると考えていたドイルが,なぜ心霊現象の存在を確信するようになったのかが,論理的に説明されています。

当初,ドイルは,ニューヨーク州最高裁判事のエドマンズの霊的体験記を読んでも,懐疑的態度を崩さず,「日ごろのドロドロとした人間関係を裁く仕事の反動として,そういう霊的なものへの感心を誘発されてしまったのだ」(本書36頁)と思っていたというから,おもしろいですね(^ ^)

しかし,ドイルは,英国第一級の物理学者・科学者であるウィリアム・クルックス,ダーウィンのライバルである博物学者のアルフレッド・ウォーレス,世界的な天文学者のカミーユ・フラマリオンといった,そうそうたる学者によって,スピリットが死後にも存続することが支持されているということなどを知り,ドイルの考えは徐々に変わっていきます。

そして,ドイルは,「心霊現象の真実性は完全に実証されたと断言して差し支えない。」(本書172頁)という考えを持つに至っています。

ただ,ドイルが科学的に証明されたと言っているのは,あくまでも物理的な心霊現象に関してであって,霊媒を通じて,霊界から送られてきた霊言の内容が,すべて科学的に証明されたと言っているわけではありませんし,それはそのとおりだと思います。

たとえば,シルバーバーチの霊訓で言われているような,死後の世界の様子,この世とあの世の関わり合い,因果律,向上進化の原理などは,科学的に証明されるようなものではないですよね。

しかし,科学的に証明されていないから,霊界通信も信用できないかというと,そうではないと思います。

ドイルのいうように,心霊現象が科学的に証明されたというのであれば,私たちが認識している物質とは全く異なる,スピリットの存在が証明されたということを意味すると思います。

そして,物質的には死んだはずの人が,スピリットとして生きているということは,死が全ての終焉ではないこと,死後の世界が存在することを意味しているといえると思います。

そして,死後存続の事実を前提として,ではなぜ肉体が滅びた後も,魂は生き続けるのか,という視点で考えていくと,シルバーバーチの霊訓で言われているような,死後の世界の様子,この世とあの世の関わり合い,因果律,向上進化の原理などは,腑に落ちるというか,理性に反しない内容だと思うのです。

スピリチュアリズムをなぜ信用するようになったかについて,その経緯を詳しく説明した本というのは,少ないと思いますので,オススメ致します(^ ^)


2015.01.25 21:11|自己紹介
シルバーバーチの霊訓〈1〉シルバーバーチの霊訓〈1〉
(2004/06/01)
アン ドゥーリー、 他

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私は,大学1年生のときに,上掲の「シルバーバーチの霊訓」という本に出会いました。

「シルバーバーチの霊訓」に行き着くまでに,スピリチュアル系の本を色々と読みましたが,何かピンときませんでした。

けれど,シルバーバーチの霊訓に出会ったときは,「自分が求めていたものはこれだ!」と直観的に思いました(^ ^)

なぜそう思ったのかを説明するのは,難しいですが・・・,あるとき,シルバーバーチの霊訓を読んでいる際,シルバーバーチ霊に優しく包み込まれるような,そんな感覚を抱いたのです。

シルバーバーチの姿が見えたとか,そういうことではないのですが,愛情に溢れていて,絶対の信頼を置けるような巨大で崇高な存在が微笑みかけてくれている,そんな感覚を覚えたのでした(言葉で表現するのは難しいですが)。

これにより,私は,もの凄い感動を覚えて,涙が溢れてきました・・・。

今まで,私は,感動的な映画などを見ても,涙することはありませんでした。

泣いた記憶というのは,小学校低学年のときに,友達と喧嘩して泣いたというくらいで,それ以降,一切泣いたことがないくらい,冷めていたというか,感情表現に乏しかったと思います。

そうした私でしたので,シルバーバーチの霊訓を読んで,涙が出てきたことに,自分でも驚きました。

あのときの感動は,なかなか言葉では伝えられないのですが,今まで感じたことのない感動を覚えました。

霊訓で言われている霊的真理の内容については,その存在を完全に科学的に証明できるという性質のものではないため,最終的には,直観でのその真偽を判断するしかありません。

私は,シルバーバーチの霊訓を読んだときに,直観的に,真理であると思いました。

その内容が,人間が作り上げたものではない,崇高な存在によるものであるということが,感覚的に分かったのです。

この感覚というのは,すごく言葉で伝えずらくて,もどかしいのですが,とりあえず,一読されることをオススメ致しますm(_ _)m


2015.01.24 11:21|自己紹介
それまで,私は,「死」ということに対して,正面から真剣に考えたことはありませんでした。

中学生くらいのときに,死んだら自分が全て無くなってしまうのかな,と漠然と考えたことはありましたが,恐くなって考えるのをすぐにやめたような記憶があります。

大学1年生になって,初めて,自分の「死」という問題に向き合ったとき,「死が全ての終焉であるなら,これからの長い人生,生きる意味があるのか?」と考えるようになりました。

これから長い人生,どう考えても,楽しいことより,辛いことの方が多いような気がしました。

辛くて長い人生を経ても,死によって,肉体が滅び,自分の意識も無くなり,家族とか身近な人達とも永遠の別れとなり,すべてが無になる,というなら,そもそも生きる意味があるのかと思いました。

本当に,死が全ての終わりなら,人生,楽しむだけ楽しんで,つまらなくなったら死んでもいいんじゃないかとも思えてきます。

どっちにしろ,死によって全てが終わるなら,辛い人生なんて生きる価値はないと思って,自殺する人がいても,それは責められないとも思えます。

しかし,辛い人生だからといって自殺していいわけじゃないと,多くの人が感覚的に思われるのではないでしょうか。

色々,自分のなかで,考えた末,「死が全ての終焉ではなく,死後の世界があって欲しい。」と思うようになりました。

死後も魂は生き残ると考えれば,これからの人生,生きる意味があると思ったのです。

今回の人生で積んだ経験が魂に刻まれ,それが,肉体が滅んだ後も残り,あの世もしくは来世につながると考えれば,まさに今の人生を精一杯頑張る意味があると考えました。

このような経緯で,私は,まず,死後の世界に興味を持つようになりました。

それから,書店の精神世界のコーナーに置いてあるような本を読み漁るようになったのです。

そうしたなかで出会ったのが,スピリチュアリズムでした。



2015.01.24 01:18|自己紹介
私がスピリチュアリズムに出会ったのは,大学1年生のときでした。

それまで,私は,スピリチュアリズムだけでなく,精神世界全般について,無関心でした。

それまでの私は,「いい大学に入って,いい企業に就職するのが正しい人生。」という考えを漠然と持っていました。

中学校のときは,高校受験に備えて塾に通い詰め,高校生になれば,大学受験のために予備校に通いと,それまでの生活は,受験勉強がメインで,それに特段疑問は抱いていませんでした。

大学に入学すると,今までの受験生活から解放され,自由な時間が格段に増えました。

大学に入学した当初は,他の学生と同じように,サークルに入ったりしました。

けれど,とにかく皆でワイワイ騒ごう,というような学生のノリが,どうも私に合いませんでした。

チャラチャラ遊ぶ他の学生のことを,「あ~,くだらないな。」と冷めた目で見るようになりました。

そう思うようになるまで,時間はかからず,大学1年生の夏頃にはそう思っていましたね。

大学の授業についても,やる気のない教授が,ボソボソとしゃべる分かりづらいものが多く,全く興味が持てませんでした。

そのため,必修科目以外は,授業に出ないようになりました。

このように,サークルもしない,大学の授業もあまり出ないとなってくると,かなりの時間を持てあますようになってきます。

一時期は,ダラダラと過ごしていましたが,そういう生活も,すぐつまらなくなりましたし,目標のない生活に耐えられませんでした。

今までは,高校受験,大学受験と目標があったから,頑張れましたが,大学に入ってからは,就職もまだまだ先ですし,当面の目標がないという状況でした。

そこで,私は,今後の将来設計を考えて,目標を持とうと思うようになりました。

目標を持てば,ダラダラした生活から脱却し,毎日を生き生きと過ごせると思ったのです。

そして,どうせ将来設計を考えるのなら,自分が死ぬまでの計画を練ろうと思いました。

自分の将来設計のゴールを,自分の死と設定し,考え始めたところ,ふと,「自分が死んだらどうなるんだろう?」という疑問が頭をよぎりました。


2015.01.22 23:42|自己紹介
はじめまして!

初投稿です。

スピリチュアリズムを学び,日々実践していく毎日を綴っていきたいと思います。

スピリチュアリズムについて,まだまだ勉強不足ですし,頭では理解したはずのことが,日々の生活のなかで実践できていないということも多々あります。

ブログを書くことで,実践へのモチベーションを高めることができればなと思っています。

さらに,何らかのかたちで,スピリチュアリズムの普及に貢献できればなとも考えてます。

ブログの内容としては,スピリチュアルネタと,法律ネタの両方を書いていこうと思っています。


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spilaw

Author:spilaw
性別:男性
年齢:30代
職業:弁護士
座右の書:『シルバー・バーチの霊訓』

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