2018.05.11 23:22|思索

「私たちが説く全教説の基調は”人のために己を役立てる”という言葉に尽きます。」(『シルバー・バーチの霊訓(二)』24頁(潮文社)



シルバーバーチの霊訓を読んでいると,「人の役に立つ」という教えが何度も繰り返し出てきますし,日々の生活の中でも,「人の役に立つ」ことを常に意識するようにはしています。

しかし,一口に「人の役に立つ」といっても,果たして何が人の役に立つことなのかって明確ではない気がするんですよね(>_<)

最近担当している案件でも,詳しいことは書けないですが,弁護士だけでなく公的機関,NPO法人なども関わって,本人を支援しているケースで,本人が問題行動ばかり繰り返して(暴言を繰り返す,所持金はすべて酒に使う,嘘を繰り返すなど),支援する側も疲弊している事案があります(~_~;)

そういうケースに直面して,「人の役に立つ」って,どういうことだろうと考えたりします。

問題行動を繰り返すとはいえ,本人に判断能力ある限り,本人の意思を最大限尊重して,ある程度自由にさせることが本人のためという意見もある一方,多少本人の意思に反するとしても,施設に入れさせて,断酒もさせ,規則正しい生活を送るようにさせるのが本人のためになるという意見もあります。

そして,「人の役に立つ」ということを,「結果として人の役に立てたといえるかどうか」という結果論で考えると,問題をさらに難しくするように思います。

結果として人の役に立つかどうかなんて,いざ行動を起こすときには分からないことが多いですし,「人の役に立てたか」という評価自体も難しいですしね。

さらに,私の場合,「人の役に立つ」ということを,「社会的弱者と言われる方々のために」「結果として」「役に立つことができ(社会的な意義もあり)」「本人からも感謝された」など,色んな限定を自分の中でつくっていたようにも思います。

なので,たとえば,企業法務的な仕事などは,営利を追求する企業のために貢献したところで,「人の役に立てた」とは言えないと思い,毛嫌いしたりしていましたし,最終的に本人から非常に感謝されたようなときでないと,「人の役に立てた」という実感はなかったように思います。

しかし,それは自分のなかで,「人の役に立つ」ということを勝手に難しく捉えすぎてたんじゃないかあと最近思います。

なので,結果としてどうか,社会的意義はあったか,感謝されたか,社会的弱者限定とか,そういうハードルを自分で作り上げずに,目の前の依頼者のことを本気で考えて,自分なりの最善を尽くす,ということにむしろ焦点を当てたいと思いました。

その方が,普段の自分の行動指針,ルールとしても分かりやすいですしね。

あと,シルバーバーチもこう言っていますね。

「自分に正直になり,最善を尽くす-それだけでいいのです。」(『シルバー・バーチの霊訓(七)』90頁(潮文社)
「力強く前進なさい。最善を尽くすことです。それ以上のものは人間に求められていません。」(『シルバー・バーチの霊訓(十一)』102頁(潮文社)



まあ最善を尽くすということ自体が容易なことではなく,それ自体ハードルは高いのですが,,,そこは頑張るしかないですね(^ ^)

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2018.04.29 00:31|思索
潮文社の『シルバー・バーチの霊訓』シリーズに加えて,スピリチュアリズム普及会さん自費出版のシルバーバーチ霊訓シリーズを一通り読んだいま,霊訓の英語の原典を読んでみたいなとふと思いました(^ ^)

近藤千雄さんの訳が素晴らしいとしても,やはり英語の原文でしか伝わらないニュアンスや崇高な雰囲気みたいなものがあるんじゃないかなと思います。

たとえば,村上春樹が書いた小説を英訳した場合,日本語の比喩表現とかをどこまで忠実に英訳できるかを考えてみたりすると,その限界ってやはりあるんじゃないかと思いますし,行間からにじみ出てくる空気感みたいなものは原典でしか分からないという部分はあると思います。

あと,霊訓の原文を読むだけではなくて,英語力を高めてイギリスに行ってみたいというのもあります(^ ^)

やはり過去においてスピリチュアリズム界をリードしてきたのはイギリスですし,シルバーバーチの交霊会が行なわれていたのもイギリスですしね。

まあ昨今のイギリスのスピリチュアリズムの現状には下記のような批判的な意見もあったりしますが。

「スピリチュアリストにとって英国は“聖地”であり、一度は訪れてみたい国です。しかし率直に言って、現在の英国から得るものはほとんどないというのが実状です。英国スピリチュアリズムへの賞賛と憧れは、もはや時代遅れのものとなっているのです。」(スピリチュアリズム普及会第1公式サイト「スピリチュアリズム・インフォメーションNo6」)



仮に英国スピリチュアリズムは時代遅れで,今後は日本がリードしていく時代だとしたら,日本のスピリチュアリズムの現状は,もっと英語で世界に発信していくべきだと思います。

果たして現状の日本スピリチュアリズムが世界に誇れるほどハイレベルなのかは不明ですが,ネットで検索する限り,シルバーバーチの読書会は,全国各地で着々と増えてきているので,そんな国が他にあるのかというと無さそうな気もします(他国の状況は全く調査していないですが)。

「日本スピリチュアリズムを世界に発信」などというと,大それた考えのようにも思えますし,世界に発信する前にまず自分自身が日常生活の中で実践せよという話ではありますが,スピリチュアリズムの実践と普及は車の両輪のようなもので,どちらも欠くことができないものかなと思います。

つまり,日常生活の中で常に実践は心掛けているけれど,シルバーバーチの霊訓が世間に普及することには興味がないということだと,何か独りよがりな感じがしますし,逆に,普及のことばかり考えていて,自分自身は何も実践していないというのも問題ですよね。

日常生活で実践するということはもちろんのこと(これ自体難しいことですが),シルバーバーチの霊訓の普及ということも,私のライフワークにしたいと思っています。

幸い私はまだ30代ですし,あと50年くらい地上で生きられると考えれば,微力ながら何かできることはあるようにも思います。

影響力の有無はともかくとして,ネットで世界に発信というのは非常に簡単になっていますしね。

それにしても,英語は大学受験のとき以来,ほとんど勉強していないので,英語力は悲惨な状態です(T_T)

いきなりシルバーバーチの原文にあたっても,おそらく挫折すると思うので,毎日少しづつでも英語に触れて,コツコツ英語力をあげていくしかないですね。

仕事で英語を使わないといけないとか差し迫った状況でもないので,モチベーションの維持が重要になってきます。

おそらく海外ドラマを英語字幕で見たりして,楽しみつつ英語に毎日触れるということが一番現実的なんじゃないかなと思います。

ということで,早速,Netflixの会員登録をして海外ドラマを見始めました(^ ^)

英語力は一朝一夕には向上しないので,気長に頑張っていきたいですね(^ ^)
2018.02.10 21:26|思索

「地球の過去は男性の過去でした。地球の未来は女性の未来です。」(G・V・オーエン『ベールの彼方の生活(四)』250頁(潮文社)


最近では女性活躍推進法が成立するなど,女性の活躍が社会のあらゆる場面で期待されてますけど,スピリチュアリズムの普及にあたっても,女性の活躍は重要なんじゃないかなと漠然と思っていました。

そうしたところ,『ベールの彼方の生活』の4巻の9章に,「男性支配型から女性主導型へ」ということが書かれていて,内容的にもかなり興味深いものでした(^ ^)

たとえば,男性の理性と女性の直感に関する以下の記述です。

「理性というものは男性的資質に属し,したがって私のいう未来を垣間見る手段としては不適当であることです。直感は女性的資質に属し,人間の携帯用望遠鏡のレンズとしては理性より上質です。思うに女性がその直感力をもって未来をどう読まれるにしても,理性的に得心がいかないと満足しない男性よりは,私が言わんとすることを素直に理解してくださるでしょう。女性は知的理解をしつこく求めようとしません。理屈にこだわらないのです。あまりその必要性がないとも言えます。直感力が具わっているからです。」(G・V・オーエン『ベールの彼方の生活(四)』254頁(潮文社)



私は,日常生活でスピリチュアリズムの話とかは周りでしませんが,仮に話すとしたら,女性に対しての方が男性よりも話しやすいと思います。

それはやはり女性の方が理屈抜きにして直感的に理解してくれそうな気がするからだと思います。

反対に,たとえば男性の同僚弁護士とかに対しては,直感的に理解してくれるということは全然期待できず,おそらく理詰めで反論してくるので,私も今まで男性弁護士に対してスピリチュアリズムの話をしたことがありません。。。

シルバーバーチの霊訓では,男性と女性の違いについて,直感力という言葉ではないですが,似たような趣旨のことが述べられています。

「女性は男性にくらべて知性よりも情緒によって支配されるために弱い面があります。しかしそれは決して悪いことではありません。それだけ感受性が強いということだからです。男性よりも繊細な属性を具えており,それだけ私たち霊界の者からの働きかけに敏感であり,影響を受けやすいということになります。」『シルバーバーチの霊訓(二)』22頁(潮文社)



『ベールの彼方の生活』でも述べられていますが,上記で言っている男性とか女性とかいうのは,性別での区別というよりか,男性的要素,女性的要素という意味だと思うので,男性であっても女性的要素である直感力を持っていたり,感受性が強かったり,逆に,女性であっても男性的要素である理性的判断力を持っていたり,ということだと思います。

そうすると,男性も女子力(というとかなり語弊がありますが)を高める時代が来ているのかもしれないですね(^ ^)

いずれにしても,女性の方が当然のことながら女性的要素である直感力を持っている人が多いといえるので,たとえば,シルバーバーチの霊訓を読んだ人の中でも,おそらく女性の方が直感的に「これは真理だ!」と得心がいく人が多いと思います。

現在,私はシルバーバーチの読書会などに参加しているわけではないので,何とも分かりませんが,読書会の参加者のなかで女性の割合は結構高いんじゃないかと思うのですが,どうなんでしょうか。

今後のスピリチュアリズムの普及にあたっては,直感力という長所で男性よりも早く霊的真理に目覚めた女性たちがリードしていくのではないかなと思いますね(^ ^)

2017.07.17 00:16|思索
私は刑事事件は常に数件担当しているのですが,いま扱っている刑事事件のなかでも,一番対応に困っている被告人が,重大犯罪を何件か起こして,長期の懲役刑が予想されている被告人です。

その被告人と色々と話をしてみて分かったのが,その被告人の根底にある考え方が唯物主義的で,「とにかく自分が好きなように生きる。汗水垂らして働くなんて馬鹿らしい。やりたいようにやって,人生に嫌気がさしたら,死んでもいい。」という感じです(~_~;)

なので,いま裁判になっている件についても全く反省はなく,今後出所した後も,詐欺でも強盗でも手っ取り早く稼げる犯罪にまた手を出すか,もしくは自殺してしまうかのどっちかではないかと心配しています。。。

この被告人は唯物主義者のなかでも極端な部類かもしれませんが,本当に人生が一度きりで,死んだら最後,それで全て終わりという前提だったら,こういう被告人みたいな考えになってもしょうがないと思います。

しかし,本当に死んだらそれで終わりなのかという,その前提の部分をもっと考えて欲しいという気持ちが強いです。

唯物主義に関して,私が共感したアラン・カルデックの言葉があるので,ちょっと引用します。

天国と地獄―アラン・カルデックの「霊との対話」
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「『死んだらすべてが消滅し,完全な虚無が待っているのみ』という考え以上に恐ろしい考えがあるだろうか?健やかな愛も,知性も,向上も,苦労して身につけた知識もすべてが打ち砕かれ,すべてが消滅する(!)というのであるから。
もしそうなら,どうして,よりよい人間になるために努力をし,苦労して欲望を統制し,一生懸命,精神を豊かにする必要があるだろうか?」(アラン・カルデック『アラン・カルデックの「霊との対話」天国と地獄』(幸福の科学出版)292頁)



「死後が虚無であるならば,結局は,『いまさえよければいい』ということになる。論理的に考えても,待っているはずのない未来にかかずらうことはできないからである。
『いまさえよければいい』と考え始めると,当然,その次は,『自分さえよければいい』と考えることになる。まさしくエゴイズムの極地である。そして,そうなったときには,これも当然のことながら,自己信頼は失われる。そして,『生きているあいだだけが華だもの。やりたい放題をやって楽しまなければ損』ということになる。」(同書293頁)

 
先ほどの被告人に対してもそうですが,「死んだらすべてが消滅し,完全な虚無が待っているのみ」というのが,何で当然の前提になっているのか,それに対して疑問がないのかというのは是非問いたいところです。

「生きているあいだだけが華だもの。やりたい放題をやって楽しまなければ損。」という考え方に本当に違和感を持たないのか,自分の良心に照らして間違いないといえるのか,ということについて,私としては,「それは直観的に考えても,やっぱり何かおかしいという気はしないですか??」と言いたいところです。

それでも,「自分はそういう考えだ。」ということだったら,それは正直,もう為す術がないなあという気がします。

アラン・カルデックも言っているように,死んだらそれで全てが終わりという唯物主義的考え以上に恐ろしいものはないなあと本当に思います。

2017.03.21 23:47|思索
シルバーバーチの霊訓〈1〉

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今まで一番感銘を受けた本といえば,シルバーバーチの霊訓で,これを自分の人生の基盤として,常に実践を心掛けたいと思っているのですが,なかなか普段の生活で実践できません(~_~;)

普段の自分の生活を振り返ると,「本当にスピリチュアリスト??」と疑われるような行動は多い気がします(>_<)

仕事でイライラしたり,思いやりに欠けた言動をとったり,他人からの評価や世間体を気にしすぎたり,裁判とかの仕事の結果で一喜一憂したり。。。

その原因を考えてみたところ,シルバーバーチの霊訓を日常生活で常に実践できるほど理解していないからじゃないかと思い至りました。

私がシルバーバーチの霊訓に出会ってから10年以上経つので,霊訓の内容は「知識」としては持っていると思うのですが,それを使いこなせるだけの「理解」には至っていないのかなと思いました。

この「知識」と「理解」との間には,結構差があると思っています。

ちょっと話がずれますが,司法試験受験のときにも,この「知識」と「理解」というのは,自分の中で色々と考えたことがあります。

司法試験は,短答式試験(マーク式)と,論文式試験の両方があって,短答は知識の丸暗記でも対応できるのですが,論文は本当に理解していないと解けない内容になっています。

具体的には,論文試験では,毎年必ず,受験生のおそらく誰も考えたことのないような問題が出されて,その未知の問題に答えられるかどうかが,合否を分けることが多いです。

この未知の問題を解けるかどうかは,基本的知識をきちんと「理解」しているかどうかにかかっていて,司法試験を作成している偉い学者の先生も,「知識」ではなく,「理解」しているかどうかを見たいと言っていたのを覚えています。

基本的知識を単なる「知識」として暗記しているレベルだと,未知の問題には対応できないのですが,基本的知識をきちんと「理解」していれば,それを未知の問題にも応用できる,つまり使いこなせることができるので,自分が見たことのない問題でもその場で考えて,何とか答えを出すことができます。

どうやったら,基本的知識を「理解」するところまで持っていくかは,受験生の悩みの種なんですが,司法試験合格者の割と多くの人が,各科目の信頼できる基本書1冊を選んで,それをとにかく繰り返し読み込むのが重要と言っていました。

なので,私もそれに従って,基本書は手を広げずに1冊に絞り,それを何十回と反復して読み込みましたが,その繰り返しの作業のなかで,ようやくその科目の基本的知識が「理解」できたというレベルまでいったなあと実感しました。

1冊の本を何回も読むのは,本当にしんどいですし,飽きて辞めたくなるのですが,途中で他の本に手を出していたら,結局,「理解」するところまで行かずに,「知識」として持っているというレベルにとどまり,論文試験でも失敗していただろうなあと思います。

話を戻しますが,シルバーバーチの霊訓についても,もっと繰り返し読み込まないと,「理解」する段階まで到達せずに,日常生活で実践,応用することができないんじゃないかと思いました。

普段の生活では,人間関係,お金の問題,将来の不安などの世俗的な問題が次々と押し寄せてくるので,シルバーバーチが言っていることを「知識」として知っているというレベルでは,世俗の方に押し流されてしまうと思います。

そうならないためには,一番信頼できるシルバーバーチの霊訓に絞って,それを繰り返し読むことに集中した方がいいのかなと思います。

スピリチュアリズム関係の本は多くあって,シルバーバーチ以外でも,たとえば,アラン・カルデック,モーゼス,オーエンなど良書もあると思いますが,色んな本に手を出す前に,まずは,シルバーバーチの霊訓についての理解,そしてその実践を最優先にすべきだと思いました。

おそらく何回も繰り返し読んでいる途中で,初見のときのような感動はどんどん薄れて,他の本にも手を出したくなると思いますが,それをぐっと堪えて,とにかくシルバーバーチの霊訓を「理解」して実践することに集中しようかなと思います。

なので,司法試験のときに各科目の基本書1冊を何十回も読んだのと同じように,シルバーバーチの霊訓だけを基本書として,嫌になるぐらい何十回も読み込もうかなと思い至った次第です(^ ^)

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Author:spilaw
性別:男性
年齢:30代
職業:弁護士
座右の書:『シルバー・バーチの霊訓』

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