2017.08.15 20:49|仕事
最近,事務所を独立開業した同期の弁護士と飲む機会があったのですが,終始,「~の件は,報酬○○円もとれて,すごいおいしい案件だったな。~の件は,あんだけ時間かけたのに,報酬○○円しかとれなかったから,マジで終わってる。」みたいな感じで,お金でしか仕事を考えていないことに,何かがっかりしました(~_~;)

事務所を維持するために,さらに,自分や家族のために,できるだけ稼ぎたいと思うのは当然といえば当然で,その案件でどれだけ報酬がとれるかということに関心がいくこと自体については,理解はできます。

ただ,それと同時に,今まで関わってきた私の周りの弁護士を見ると,目の前の依頼者を助けたい,役に立ちたいという気持ちは,程度の差はもちろんありますけど,少なからず残っている弁護士の方がまだ多い気がしています。

そういう人の役に立ちたいという志を全く持たなくなって,依頼者を儲ける手段としてか考えなくなった弁護士は,それはもう言い方は悪いですが,社会にとって害悪でしかないんじゃないかと思いました。

弁護士報酬は,以前よりは相場が分かりやすくなったとはいえ,「一般的な相場としてはこれぐらいですが,このケースだと,こういう事情があるので,報酬はこれだけ頂きます。」といった説明が弁護士からあれば,それは信用せざるを得ないと思いますし,弁護士の言い値で報酬が決まるということが多いと思います。

しかも,複数の弁護士がいる事務所でも,それぞれ独立して仕事をしている場合が多いので,誰からも注意されたり監督されたりもしないという環境にもあるので,歯止めがきかなくなったりします。

さらに,弁護士の仕事の善し悪しは,一般的には分かりづらいものだと思いますし,弁護士からそれらしい説明があれば,そういうものなのかと納得せざるを得ないところがあると思いますので,弁護士が仕事をちゃんとしているのかも,依頼者からしたら判断しづらいという問題もあります。

弁護士業界の競争は激しくなっていて,今後はいま以上に,依頼者をお金としか考えない弁護士が増えていくのか分かりませんが,それは非常に残念ですね。

この業界でも,スピリチュアリズムが普及して欲しいところですが,そのために私は何ができるのか,孤軍奮闘の状態であっても,種蒔き程度のことはできるのか,今後具体的に考えていきたいです(^ ^)

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2017.07.31 21:58|仕事

「皆さんはすぐに地上時代の地位,社会的立場,影響力,身分,肩書きといったものを考えますが,そうしたものはこちらでは何の意味もありません。」(『シルバー・バーチの霊訓(二)』90頁(潮文社))


今年度から,専門職が集まる自治体主催の会議に呼んでもらえるようになったのですが,その会議は,福祉,医療,法律の各分野から参加者がいて,法律分野からは私だけ参加なのですが,それが結構プレッシャーなんですよね(~_~;)

議題のなかで,法律が絡む問題が出てくると,必ず話を振られるのですが,即答できるような簡単な問題ではなく,大した発言も出来ず,「せっかく呼んでもらったのに申し訳ない・・・」という気持ちになり,へこむことが多いです(>_<)

弁護士というだけで,法律の専門家と見てもらえるのは有り難いのですが,常に専門家として責任ある回答をしないといけないというプレッシャーは常に感じますね・・・。

仕事でそんな感じなので,プライベートでは,できるだけ弁護士とは名乗りたくないという意識が働いて,いつも行っている美容院とかでも,会社勤めのサラリーマンということにしているのですが,仕事のことを突っ込まれると,だんだん辻褄が合わなくなってきて,「なんでこんなことで嘘ついんてんだろ・・・。」と自己嫌悪に陥ったりします。。。

私の同期の弁護士で,弁護士の登録を抹消して,企業に転職した人がいますが,その人が以前に「弁護士という肩書きを捨てたら,なんか肩の荷が下りた気がする」と言っていたことを思い出しました。

ただ,私としては弁護士を辞めたいとかそういうことはないですし,弁護士という肩書きがあるからこそできること,人の役に立てる場面があるかなと思っています。

一番上で引用したシルバーバーチの言葉のとおり,死後の世界では,肩書きが意味をなさないというのはそのとおりだとしても,現世において人の役に立つ道具,武器としては意味をなす場面があると思いますし,それは反面で責任,プレッシャーを伴うものだとも思います。

まあもっと経験を積んで,霊的にも成長すれば,いちいちプレッシャーに感じることもないと思うので,今のうちの苦労かなあと思います。

いずれにしても,先の会議でも役に立てるような発言をするためにも,もっと勉強しないとなあと,最近つくづく思いました。

2017.06.04 22:51|仕事
この前,私が担当している被告人から,緊急に面会したいという要請があったので,急いで被告人が勾留されている拘置所に面会へ行きました。

しかし,行ってみて被告人本人の話を聞いてみると,「○○(アイドルグループ)のCDの予約をしていて,今度そのCDが発売になるんだけど,発売日に買わないと初回特典がもらえなくなってしまう。すぐに家族に伝えて発売日に買うよう言って欲しい。」といった内容でした・・・。

最初,あまりに唐突な話で,「ん??」という感じで聞いていましたし,ふざけて言っているか,もしくは身柄拘束されている期間が長くなって精神的に不安定になったかなどと考えたりしました。

しかし,話に具体性や根拠もあったので,本気でCDの件を頼んでいて,そのためだけに面会の要望を出したということが分かりました。

これには,怒りを通り越して,何かもう唖然としました(~_~;)

急いで拘置所まで駆けつけた時間を返して欲しいというのはもちろんありますけど,それ以上に,突然逮捕された本人の今後の刑事処分とかについて,とても心配している家族に対して,そのCDの件を伝えることで,家族がどういう気持ちになるのかを何で考えられないのか,という思いの方が私のなかで大きかったです。

なので,「本気でそれを言っているんですか?それを聞かされた家族はどう感じると思います?」などと,若干責め立てるような話をしたら,本人は,「じゃあもういいよ!(怒)」とふてくされたような感じになったので,面会を終わりにしました。

これに限らず,罪を犯した人は,非常に自己中心的で,他人のことを考えない人がほとんどです。

他人のこと,被害者のことなど考えられないから犯罪を犯しているともいえるので,それは当然といえば当然なので,被告人が自己中心的だと嘆いてもしょうがないところですが・・・。

今回みたいなことがあると,「もう刑事事件はうんざり(~_~;)」「被告人とはもう関わりたくない・・・,もっと善良な市民のために仕事したい・・・」とか思ってしまいますが,犯罪者とかの霊的に未発達といえる人も含めて,色んな発達段階の人が混ざり合っている地上生活だからこそ,得られる体験があるということですかね。

「地上生活は霊界の生活とは違って両極性(相対性)から成っていることです。霊界では同じ発達段階の者が同じ界層で生活しておりますが,地上ではさまざまな発達段階の者が混ざり合って生活しております。ということは,対照的なものを見たり体験したりする機会が得られるということです。」(『シルバー・バーチの霊訓(十)』(潮文社)187頁)



そして,自己中心的な被告人に対しても,寛大であれということでしょうか。

「霊性が開発され進歩するにつれて,自動的に他人へ対して寛大になり憐れみを覚えるようになります。これは,悪や残忍さや不正に対して寛大であれという意味ではありません。相手は自分より知らないのだという認識から生まれる一種の我慢です。」(『シルバー・バーチの霊訓(八)』(潮文社)125頁)



被告人から自己中心的な要望があっても,そこは我慢をして,寛容の心をもって接しつつ,それを黙認するだけではなくて,被告人を少しでも更生へと導いていく,ということは非常に困難な仕事ですが,困難だからこそ価値ある仕事だと思って,頑張りたいところです(^ ^)

2017.04.22 23:20|仕事

「人が来るのを待っているようではいけません。あなたの方から足を運ばなければならないのです。」(『シルバー・バーチの霊訓(五)』(潮文社)210頁)


先週,ある障がいをお持ちの方で,どうしても事務所まで行くのは難しいという事情があったので,その方の自宅まで私が出張して法律相談を行うということをしました。

こういう出張法律相談は,移動時間が当然かかってしまうので,そう頻繁にはなかなか出来ないのですが,こちらから出向いていくと,今回もそうでしたが,「わざわざ来て頂いてありがとうございます」とすごく感謝してもらえることが多いので,やりがいがあるなあと思っています(^ ^)

ベテランの弁護士は,出張法律相談とかほとんどやっていない感じなので,フットワークが軽い若手が中心になってやっていく分野かなと思います。

自宅に限らず,病院,介護施設とかに入院・入所している方々のなかで,法律事務所まで行くのはハードルが高いけど,法律相談はしたいという潜在的ニーズは,結構あるはずですよね。

援助が必要な人に,積極的に働きかけて支援していくというのは,福祉の分野とかでは,「アウトリーチ」と言うらしいです。

弁護士も事務所でドンと構えているのではなく,援助が必要な人のところに手を差し伸ばしていく,アウトリーチしていく,というのが必要だなあと思います。

弁護士は,いまだに敷居が高いとか思われたり,さらに,「態度でかい,上から目線,理屈っぽい,高額な費用とる」などのイメージがあるといわれたりもします(まあ当たっている部分もあると思いますが)。

なので,その意味では弁護士っぽくない,常に低姿勢で笑顔を絶やさない,しかもフットワークが軽い営業マンのごとく,動き回って靴底を減らすような,そういう弁護士でありたいですね(^ ^)

2017.04.07 02:29|仕事
先日,私が依頼を受けていた交渉案件で,依頼者から「弁護士を変えたい。」と宣告され,結局,私は解任となりました。。。

突然の解任ではなく,依頼者と方針に関して結構揉めていて,あまり具体的な話は書けないですが,依頼者は強硬手段でいくことを望んでいたところで,私が穏便な方針を示していたので,それが不満というのが大まかなところです。

実際,解任されてみて,「これでよかったのかなあ・・・」とあれこれ考え,自分でも反省するところは色々とあります(~_~;)

以前にボス弁護士から,「もっと闘え!」と怒られたことがありましたが,今回の依頼者も,相手方の話に耳など傾けず,もっと闘ってくれる弁護士を求めていたんだろうなと思います。

弁護士に依頼がくるケースは,双方当事者の話し合いがこじれて,鋭く対立している場合がほとんどなので,攻撃的にどんどん相手を追及していく姿勢を見せる弁護士のほうが,まあ頼もしく見えますよね。

もともと私自身,争いごとが好きではないので(その意味で弁護士に向いていないのかもしれないですが。。),なんか裁判とかで争っていると,「このあたりでもう和解するのはどうでしょう?」と円満解決に向かわせようとする傾向があることは,自分でも自覚しています(>_<)

しかし,和解なんて求めていない,徹底的に争いたい依頼者からしたら,「やる気ないの?」「そんなの納得できない!」という気持ちになるだろうなあと思います。

依頼者の意向に沿って,徹底的に争うことが,その人の役に立つことだと割り切るべきなのか,争いを辞めてもらって話し合いで和解することがその人の役に立つことなのか,考えているとなかなか難しいところですね。

「人の役に立つ」とは言っても,実際に依頼者を目の前にして,何がその依頼者にとってベストなことなのか判断するのは難しくて,そもそもどういう解決がいいのかは依頼者自身が決めるべきともいえるので,弁護士は依頼者の意向にすべて沿った形で進めていくべきで,それが「人の役に立つ」ことだと言われても,それが間違いともいえないなと思います。

今回解任されて,あらためて依頼者への対応の難しさを実感したところです。

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Author:spilaw
性別:男性
年齢:30代
職業:弁護士
座右の書:『シルバー・バーチの霊訓』

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