2015.09.26 00:55|自己紹介
先日,依頼者と雑談しているときに,「何で弁護士になろうと思ったんですか?」と聞かれました。

弁護士になった理由は,時々,依頼者から聞かれたりするのですが,どういう答えをするか,毎回一瞬考えてしまいます(>_<)

雑談の中で聞かれた場合,質問する側としても,何となく聞いている場合が多いので,「まあ,法律に興味があったんで。」とか,「何か資格とりたいと思ったので。」とか,「会社勤めよりも独立開業したいと思ったので。」とか,適当な理由をつけて,簡単に答えることが多いです。

では,実際のところ,どういう経緯で私が弁護士を目指したかというと,大体以下のような感じです。

このブログを始めた最初のころに書きましたが,シルバーバーチの霊訓に出会ったのが,私が大学1年生の頃でした。

シルバーバーチの霊訓に心打たれた私は,将来は,人の役に立つ仕事がしたいと強く思うようになりました。

そこで,色々と仕事探しをしたのですが,割と早い時期に,「弁護士になれば,法律の知識を駆使して人の役に立てるんじゃないかな。」と思うようになりました。

ただ,一方で,「弁護士になるには相当勉強しないとムリだな・・・」「ちょっとハードルが高すぎないか?」「弁護士にならなくても,人の役に立てる仕事って他にあるんじゃない?」とか考えたりして,結構悩みました(~_~;)

色々悩んだ末,結局は,弁護士を目指そうという結論に落ち着きました。

それは,弁護士の仕事自体に興味を感じたのはもちろんありますが,弁護士になるためには,司法試験に受かる必要があって,司法試験に受かるためには,死ぬほど努力しないと受からない,そういう努力をすること自体に意味があるんじゃないかと思ったのが大きかったです。

それはやはり,シルバーバーチの霊訓の苦難の哲学による影響があったと思います。

「気楽な道は前途に霊的な目標をもたない人に任せればよろしい。霊的な鍛錬とそれに伴ってもたらされる霊的な豊かさを求める者には,厳しい道が用意されます。霊的褒賞は気楽な道を求める者にはもたらされません。もしそうでなかったら,その褒賞は敢えて求めるほどの価値はないことになります。闘いを挑み苦しみ抜いた末に勝利を得る方が,何の挑戦課題もなく吞ん気に生きているよりはるかに上です。魂が自我に目覚め内在する神性が表現の機会を得るのは,必死に努力するその最中においてです。」(『シルバー・バーチの霊訓(十二)』(潮文社)170頁)


  

「苦難から何かを学び取るように努めることです。耐えきれないほどの苦難を背負わされるようなことは絶対にありません。なんらかの荷を背負い,困難と取り組むということが旅する魂の本来の姿です。」(『シルバー・バーチの霊訓(一)』(潮文社)52頁)


  

「運命の十字路にさしかかるごとに右か左かの選択を迫られます。つまり苦難に厳然と立ち向かうか,それとも回避するかの選択を迫られるわけですが,その判断はあなたの自由意思に任されています。」(『シルバー・バーチの霊訓(一)』(潮文社)54頁)

  

こういったシルバーバーチの言葉を受けて,「弁護士になるのは大変だけど,あえて茨の道を歩もう!」と決意して,司法試験の勉強を始めました。

その後の受験勉強は,本当にしんどかったですが・・・。

私は,天才肌では全くなく,完全な努力型だったので,他の受験生の倍以上努力しようと,コツコツと勉強しました。

それでも,試験直前の模試などでは,合格ラインに達していなかったですが,本試験当日は,「弁護士になって人の役に立ちたいので,お力貸して下さいm(_ _)m」とお祈りをして,霊界の方々にすがりつき,そのおかげもあってか,無事司法試験に合格することができました。

私が弁護士になった経緯は,大体こんな感じなのですが,これを依頼者にそのまま伝えるわけにもいかないですし,長すぎるので,普段は,「まあ,法律の勉強が面白いと思ったので。そんな深い理由はないんですよ。」ぐらいの答えしかしていないですね(^ ^)


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2015.01.25 21:11|自己紹介
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私は,大学1年生のときに,上掲の「シルバーバーチの霊訓」という本に出会いました。

「シルバーバーチの霊訓」に行き着くまでに,スピリチュアル系の本を色々と読みましたが,何かピンときませんでした。

けれど,シルバーバーチの霊訓に出会ったときは,「自分が求めていたものはこれだ!」と直観的に思いました(^ ^)

なぜそう思ったのかを説明するのは,難しいですが・・・,あるとき,シルバーバーチの霊訓を読んでいる際,シルバーバーチ霊に優しく包み込まれるような,そんな感覚を抱いたのです。

シルバーバーチの姿が見えたとか,そういうことではないのですが,愛情に溢れていて,絶対の信頼を置けるような巨大で崇高な存在が微笑みかけてくれている,そんな感覚を覚えたのでした(言葉で表現するのは難しいですが)。

これにより,私は,もの凄い感動を覚えて,涙が溢れてきました・・・。

今まで,私は,感動的な映画などを見ても,涙することはありませんでした。

泣いた記憶というのは,小学校低学年のときに,友達と喧嘩して泣いたというくらいで,それ以降,一切泣いたことがないくらい,冷めていたというか,感情表現に乏しかったと思います。

そうした私でしたので,シルバーバーチの霊訓を読んで,涙が出てきたことに,自分でも驚きました。

あのときの感動は,なかなか言葉では伝えられないのですが,今まで感じたことのない感動を覚えました。

霊訓で言われている霊的真理の内容については,その存在を完全に科学的に証明できるという性質のものではないため,最終的には,直観でのその真偽を判断するしかありません。

私は,シルバーバーチの霊訓を読んだときに,直観的に,真理であると思いました。

その内容が,人間が作り上げたものではない,崇高な存在によるものであるということが,感覚的に分かったのです。

この感覚というのは,すごく言葉で伝えずらくて,もどかしいのですが,とりあえず,一読されることをオススメ致しますm(_ _)m


2015.01.24 11:21|自己紹介
それまで,私は,「死」ということに対して,正面から真剣に考えたことはありませんでした。

中学生くらいのときに,死んだら自分が全て無くなってしまうのかな,と漠然と考えたことはありましたが,恐くなって考えるのをすぐにやめたような記憶があります。

大学1年生になって,初めて,自分の「死」という問題に向き合ったとき,「死が全ての終焉であるなら,これからの長い人生,生きる意味があるのか?」と考えるようになりました。

これから長い人生,どう考えても,楽しいことより,辛いことの方が多いような気がしました。

辛くて長い人生を経ても,死によって,肉体が滅び,自分の意識も無くなり,家族とか身近な人達とも永遠の別れとなり,すべてが無になる,というなら,そもそも生きる意味があるのかと思いました。

本当に,死が全ての終わりなら,人生,楽しむだけ楽しんで,つまらなくなったら死んでもいいんじゃないかとも思えてきます。

どっちにしろ,死によって全てが終わるなら,辛い人生なんて生きる価値はないと思って,自殺する人がいても,それは責められないとも思えます。

しかし,辛い人生だからといって自殺していいわけじゃないと,多くの人が感覚的に思われるのではないでしょうか。

色々,自分のなかで,考えた末,「死が全ての終焉ではなく,死後の世界があって欲しい。」と思うようになりました。

死後も魂は生き残ると考えれば,これからの人生,生きる意味があると思ったのです。

今回の人生で積んだ経験が魂に刻まれ,それが,肉体が滅んだ後も残り,あの世もしくは来世につながると考えれば,まさに今の人生を精一杯頑張る意味があると考えました。

このような経緯で,私は,まず,死後の世界に興味を持つようになりました。

それから,書店の精神世界のコーナーに置いてあるような本を読み漁るようになったのです。

そうしたなかで出会ったのが,スピリチュアリズムでした。



2015.01.24 01:18|自己紹介
私がスピリチュアリズムに出会ったのは,大学1年生のときでした。

それまで,私は,スピリチュアリズムだけでなく,精神世界全般について,無関心でした。

それまでの私は,「いい大学に入って,いい企業に就職するのが正しい人生。」という考えを漠然と持っていました。

中学校のときは,高校受験に備えて塾に通い詰め,高校生になれば,大学受験のために予備校に通いと,それまでの生活は,受験勉強がメインで,それに特段疑問は抱いていませんでした。

大学に入学すると,今までの受験生活から解放され,自由な時間が格段に増えました。

大学に入学した当初は,他の学生と同じように,サークルに入ったりしました。

けれど,とにかく皆でワイワイ騒ごう,というような学生のノリが,どうも私に合いませんでした。

チャラチャラ遊ぶ他の学生のことを,「あ~,くだらないな。」と冷めた目で見るようになりました。

そう思うようになるまで,時間はかからず,大学1年生の夏頃にはそう思っていましたね。

大学の授業についても,やる気のない教授が,ボソボソとしゃべる分かりづらいものが多く,全く興味が持てませんでした。

そのため,必修科目以外は,授業に出ないようになりました。

このように,サークルもしない,大学の授業もあまり出ないとなってくると,かなりの時間を持てあますようになってきます。

一時期は,ダラダラと過ごしていましたが,そういう生活も,すぐつまらなくなりましたし,目標のない生活に耐えられませんでした。

今までは,高校受験,大学受験と目標があったから,頑張れましたが,大学に入ってからは,就職もまだまだ先ですし,当面の目標がないという状況でした。

そこで,私は,今後の将来設計を考えて,目標を持とうと思うようになりました。

目標を持てば,ダラダラした生活から脱却し,毎日を生き生きと過ごせると思ったのです。

そして,どうせ将来設計を考えるのなら,自分が死ぬまでの計画を練ろうと思いました。

自分の将来設計のゴールを,自分の死と設定し,考え始めたところ,ふと,「自分が死んだらどうなるんだろう?」という疑問が頭をよぎりました。


2015.01.22 23:42|自己紹介
はじめまして!

初投稿です。

スピリチュアリズムを学び,日々実践していく毎日を綴っていきたいと思います。

スピリチュアリズムについて,まだまだ勉強不足ですし,頭では理解したはずのことが,日々の生活のなかで実践できていないということも多々あります。

ブログを書くことで,実践へのモチベーションを高めることができればなと思っています。

さらに,何らかのかたちで,スピリチュアリズムの普及に貢献できればなとも考えてます。

ブログの内容としては,スピリチュアルネタと,法律ネタの両方を書いていこうと思っています。


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spilaw

Author:spilaw
性別:男性
年齢:30代
職業:弁護士
座右の書:『シルバー・バーチの霊訓』

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